岡崎武志(書評家)

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8月×日 酷暑の夏。じたばたせず、ほとんど家に閉じこもって本を読む日々だった。8月は日本にとって死と鎮魂の月でもあり、気を引き締めるような本を読むことにしている。

プリーモ・レーヴィ全詩集」(竹山博英訳 岩波書店 2800円+税)が出た。レーヴィは死の工場アウシュヴィッツから生還し、その体験を書き続けた。「泥にまみれて働き/平安を知らず/パンのかけらを争い」、女は「髪を刈られ、名はなく」と「聞け」に書く。「考えてほしい、こうした事実があったことを。これは命令だ」と、心の底から絞り出すように人類史最大の愚行を告発する。そして1987年、自ら死を選び取った。

8月×日 青春18きっぷの残り1回を使って早朝の中央本線へ。八王子発松本行き普通列車に乗り込む。長野県に入って最初の駅「信濃境」で下車。1997年に放送されたドラマ「青い鳥」の主演・豊川悦司が同駅の駅員という設定で、何度も登場した。ただし架空の「清澄駅」という名で。二十数年を経て、駅舎はそのまま。ただし無人駅になっていた。

 西崎さいき著「新駅舎・旧駅舎」(イカロス出版 1600円+税)は気の遠くなる労作。姿を変えて行く駅舎を時間差を置いて定点観測し、「高架」「改修」「解体」などテーマ別で新旧を写真で並べている。駅がきれいになるのはいいことだが、古びた木造駅舎が消えるのは淋しい。

8月×日 夏目漱石の代表的長編は、何度も繰り返し読む。読むたびに発見があるからだ。「」(新潮社 400円+税)は親友の妻を奪った宗助と御米の姿を描く。何もかも諦め、崖下の家で控え目に生きる夫婦の立ち居振る舞いが、年を取ると身に沁みる。

 何度目かになると細部が気になる。「ぶらんこ」が明治末年にすでにあったのかとか……。元日の略式挨拶で、名刺を家に投げ込む風習があったことも知る。知らない明治という時代が、たまらなく懐かしい。

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