「センセイの鞄」川上弘美著

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 居酒屋のカウンターに隣り合わせた人と偶然同じものを注文したりすると、「おっ、ご同類」と親近感を持ったりする。酒のつまみというのは、その人の趣味嗜好がよく表れるもの。本書もそんな場面から始まる。

【あらすじ】37歳、独身の大町月子が駅前の一杯飲み屋のカウンターに座りざま、注文したのが「まぐろ納豆。蓮根のきんぴら。塩らっきょう」。この月子という女性が、流行や周囲の意見に惑わされることなく自分の考えを持っていると感じさせる組み合わせである。と、ほぼ同時に同じ組み合わせを注文する声がする。思わず顔を見ると、背筋をそらせ気味のご老体が「大町ツキコさんですね」と声をかけてきた。高校時代の国語の先生で、月子が何度かこの店にいるのを目にして見覚えのある顔だと名簿とアルバムで確かめたという。月子の方は顔と声は覚えていたが名前を失念。以来「センセイ」で通している。その夜はビールを手始めに、2人で日本酒を5合。基本的に勘定は各自持ちというやり方が続いている。年は30と少し離れているが、なぜか気が合い、ときにはセンセイの家で飲んだりするようにもなる。とはいっても会うのはあくまでも偶然であらかじめ約束などしない。ひと月会わないこともある。それでも月子の中にセンセイに対する恋情が少しずつ醸成されていく。そしてある日、思い切って「好きだ」と告白するのだが……。

【読みどころ】最初はビールでも、2人が飲むのはもっぱら日本酒。一度、月子が同級生の小島とワインとカクテルを飲むところが出てくるが、この場面は絶妙に物語から浮いている。日本酒の出てくる小説ベストテンというのがあるとすれば、間違いなくベストテン入りする小説。 <石>

(新潮社 550円+税)

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