2020年の顔“明智光秀”本特集
「毒牙 義昭と光秀」吉川永青著
今年の大河ドラマの主人公として、注目を集めている明智光秀。本能寺の変で主君である織田信長を討ったという史実はあるものの、その人物像や謀反に至るまでの経緯や動機、信長を討ってからの後日談まで諸説が入り乱れ、歴史ファンの論争を呼んでいる。そこで今回は、さまざまな光秀像を描いた明智光秀本5冊をご紹介! 読み比べて、一押しの光秀像を見つけよう。
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物語は、幼くして仏門に入った覚慶の元に、足利第13代将軍である兄・義輝が討たれたという報が入るところから始まる。兄を討った三好三人衆と松永久秀は、覚慶のいとこである足利義親を担いで、権力を意のままに動かそうとしているのだ。仏門での生活を好ましく思っていた覚慶だったが、兄を殺めた者の邪気を取り除き、欲に流されぬ者で世を治めたいという志の下、自ら上洛を目指す志を固める。覚慶は還俗し、名を足利義秋(のちの義昭)と改め、上洛のチャンスをうかがう。そんな時、朝倉義景との伝令役として目の前に現れたのが、明智十兵衛光秀だった……。
室町幕府最後の将軍である足利義昭と光秀の関係性を描いた歴史小説。心根の優しさゆえに乱世で人生を翻弄された光秀像が浮かび上がってくる。
(KADOKAWA 1900円+税)
「小説集 明智光秀」菊池寛ほか著
一冊で、さまざまな明智光秀像を読み比べられるのが、この本。たとえば、部下を子ども扱いし怒れば手がつけられなくなる信長に対して、教養も儀礼のわきまえもある光秀の反逆は宿命的だったとするのが菊池寛。近眼ゆえに信長の表情を読み取れず、次第に軽んじられたという篠田達明の説も面白い。
さらに末國善己の解説では、高度成長期には信長こそがイノベーターであり光秀は古い価値観を捨てられなかった武将として描かれていること、バブル崩壊後には成果第一主義の信長に疑問を持つ光秀に働き手が疲弊する現状を告発する役割が課せられたこと、加えて近年、少子高齢化が問題化すると、老後の不安と光秀の老いを重ねた作品が出てきていることなどを指摘する。
ほかに、八切止夫、山田風太郎ら、時代の変化とともに、移りゆく光秀像を明らかにする小説12編を収録。
(作品社 1800円+税)
「桔梗の旗」谷津矢車著
11歳にして元服せよとの命を父から受けて元服を済ませた明智十五郎は、さっそく主君である信長の元に挨拶に向かうが、なかなか取り次いでもらえない。亡き母の妹で信長の側室である妻木殿の尽力により何とかお目通りがかなうが、謁見の時間は短く、十五郎は自分が軽んじられていることを悟る。
父は自分に何をさせようと考えているのか。
いぶかる十五郎の元にある日突然、父が謀反を起こしたとの知らせが入る。何も知らされなかったことに落胆する十五郎は、明智左馬助から父の真意を聞くことになるのだが……。
本書は、息子の視点から光秀が起こした本能寺の変の真相を明らかにする歴史小説。
前半は十五郎の独白、後半は光秀の側近だった明智左馬助による種明かしという構成で、父子関係を軸に事の真相に迫る。
(潮出版社 1500円+税)
「うそつき光秀」赤堀さとる著
十兵衛は、赤ん坊の時に親に捨てられた天涯孤独の身だった。当初は寺の檀家の夫婦に預けられたが、3歳になる前にその夫婦がはやり病で亡くなり結局、寺に逆戻り。
成長するにつれ、僧侶の性欲のはけ口にされる羽目に陥り、義憤にとらわれ寺を飛び出した。
流浪を繰り返すうち、伊勢貞良なる武士と出会う。世直しを叫ぶ十兵衛を面白がった貞良は、明智十兵衛光秀という偽りの名と身分を語るように勧める。そこから、嘘を守るための新たな人生が回り始めるのだが……。
ライトノベルやアニメの世界で長年活躍し、2015年には初の時代小説「御用絵師一丸」で歴史小説に挑戦した著者による書き下ろし。
名も身分も偽って、武士となった光秀という設定から、今までになかった新しい光秀像が自由かつ大胆に描かれている。
(講談社 1700円+税)
「信長、天が誅する」天野純希著
信長によって運命を激変させた5人の人生を描いた歴史小説。本書では、5人のうちの1人として、第5章「天道の旗」に光秀が登場する。その中で、明智家を再興して歴史の表舞台に立つために、強い主君を必要とした光秀像が描かれる。信長を神仏のように持ち上げて従う秀吉とは一線を画し、クールな目線で主君を眺めていた光秀は、比叡山の焼き打ちを信長に進言した人物として登場している。
さらに、天下統一まであと一歩という段階で、信長が日本は息子の信忠に任せて自分は海を渡り、外国をも攻め滅ぼす計画を聞かされ、取り残される明智家の行く末を考えたことが、本能寺の変へとつながっていく。明智家のために何をすべきなのか、自分に問いかけながら生きてきた男の選んだ人生の形が見えてくる。
(幻冬舎 1600円+税)