「タイガー理髪店心中」小暮夕紀子著
主人公は、83歳になった今も理髪店を続けている寅雄。昭和スタイルの髪形にこだわっているせいか客足もめっきり減ったが、妻・寧子と共に店を毎日きれいに整え、客を待つ生活に不満を持つこともなかった。しかし最近、寧子は好きだった花の名前を思い出せず何度も聞き直したり、聞こえるはずもない子どもの泣き声がすると言ったりで、寅雄は不安を覚え始める。そんなことが続いていたある夜、水切りカゴに伏せられていた茶碗がカチャリと音を立てたのが合図だったかのように、寧子の豹変(ひょうへん)が始まった……。
本作は、第4回林芙美子文学賞受賞作品。穏やかな日々の中で密かに進行する異変に狼狽(ろうばい)する老夫婦が、これまでの生活の中で蓋をしてきた過去の出来事や、自分の中にあった思いがけない感情に直面する様子を描く。お互いの老いを自覚しつつ、いつか来る死を思う老老介護の日々とはどんなものなのか。孤独感と不安感を映し出すかのような寅雄の目が捉えた光景のひとつひとつの描写が秀逸だ。
幼少時に亡くした母の記憶を反すうする老女の物語「残暑のゆくえ」も収録されている。
(朝日新聞出版 1600円+税)