「憂き夜に花を」吉川永青氏

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 今年は中止が決まっている隅田川花火大会の始まりの物語である。江戸の男たちの熱い物語に、コロナ禍の鬱憤がつかの間晴れると同時に、不思議なほど“今”と似通った状況に、読者は驚かされるのではないか。

「はからずも、小説の中の状況が、現実にも起きているぞ、という状況になってしまいました。もともとは、昨年の出版を目指していたんですが、1年遅れたことによって、こういうことになりました」

 享保18年、前年の大飢饉(享保の大飢饉)と疫病によって、多くの失業者、餓死者が出ていた。町が活力を失い、自らの暮らしも困窮する中、立ち上がったのが花火師・六代目鍵屋弥兵衛、本小説の主人公である。大川(のちの隅田川)で、将軍・吉宗が死者供養と災厄除去を祈願して執り行う「水神祭」に、弥兵衛は江戸中の人を集め、一世一代の花火を打ち上げようと計画する。

「歴史的には、飢饉があったこと、それによって米の価格が高騰し打ちこわしが起きたこと、水神祭があり、そこで鍵屋が花火を上げ、現在の隅田川花火へとつながったこと、この4つしかわかっていません。その他は私の創作です。制約が少ないぶん、書くのが楽しかったですね」

 祭りで花火を上げたい。弥兵衛の根本にあるのは、暗く沈んだ人々の心を照らしたいという崇高な願いだ。集まった人たちが夜店で銭を使ってくれたら経済も上向くという腹案もある。しかし花火には金がかかる。意気込んで金策に奔走するもののつまずき、弥兵衛は苦悩することになる。

「世のため人のためのいい思いつきであっても、周りの人が乗ってくれるかどうかはわからないものです。まして、飢饉があって、疫病がはやってという極限状態で、人の心は逼迫している。そんな状況下で人を動かすにはどうしたらいいかを考えたんですが、結局、正論を言っているだけでは足りず、すべてをなげうつようなバイタリティーを発揮しないとだめなんです。で、鍵屋こそが真っ先に身を切ると、弥兵衛は覚悟を決めるわけですね」

 とはいえ、覚悟だけでは十分でない。人を集めるためには、何か強烈な“引き”が必要で、それが準備に2カ月かかる仕掛け花火だった。普段打ち上げている花火と違って、火薬を燃やして作る炎の絵は、祭りの晩にしか見られない。

「日本人って“限定”に弱いと思うんです。今の時代も、期間限定といわれると、行列をつくったりするじゃないですか。花火を見て憂さを晴らしたいだけではなく、ぜひとも見に行かなくてはと思わせるものがあるほうが人は素直に集まってくれるだろうと。実際には、鍵屋は水神祭で20発ほど上げたという記録は残っているものの、仕掛け花火をやったかどうかはわからないんですけど」

 職人、経営者、何より人としての誇り――状況のせいにせず、お上ばかりを当てにせず、〈オレがやらなきゃ〉と先頭に立つ弥兵衛を、著者はひとつの理想像と語る。

「途中、自分の思いつきに有頂天になって、独善的になっているあたりの弥兵衛は大っ嫌いなんです(笑い)。でも嫌いなところまで含めて、私もこういう人間でありたいですね」

 そしてこの小説は、今も昔も“不要不急”と片付けられがちな娯楽の底力を教えてくれる。

「苦しいとき、人は縮こまりがちですが、本当は、そういうときこそ何かしなければ抜け出せない。気持ちを萎えさせず、卑屈にならず、なにくそと立ち上がるためには、絶対に娯楽が必要です。花火に限らず、娯楽は、生きていくために必要なものだと思っています」

(中央公論新社 1600円+税)

▽よしかわ・ながはる 作家。1968年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年「我が糸は誰を操る」で第5回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞(「戯史三國志 我が糸は誰を操る」と改題し翌年刊行)。著書に「戯史三國志 我が槍は覇道の翼」「誉れの赤」、「闘鬼 斎藤一」(野村胡堂文学賞)、「治部の礎」「写楽とお喜瀬」「毒牙 義昭と光秀」など多数。

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