「春秋の檻 獄医立花登手控え一」藤沢周平著
現在の日本では、刑務所、少年鑑別所などの矯正施設には矯正医官が置かれ、被収容者の健康診断や病気になった者の治療、施設内の保健・衛生管理、感染症の蔓延(まんえん)防止などを行っている。江戸時代には現在のような刑務所はなく、有名な江戸の小伝馬町の牢屋敷も基本的には未決囚の収容施設であり、いわば拘置所である。それでも、牢内には当然病人も出る。そこで本道(内科)2人、外科医1人の医者が詰めていた。本書はその本道の牢屋医師を主人公にした連作集。
【あらすじ】立花登は羽後亀田藩の微禄の下士の次男として生まれた。登は幼い頃より母の口から江戸で医者を開業している小牧玄庵の話を憧れをもって聞いており、自分もいつか医者になりたいと思っていた。念願かない、上池館という医学所で医学を修めた後、3年前、希望を膨らませて叔父の家にやって来た。
ところが叔父の玄庵は口やかましい女房の尻に敷かれる酒好きの怠け者だった。最新の医学を取り入れることなく、患者も少なく家計を補うために小伝馬町の牢医者を掛け持ちしていた。登は来たその日から叔父の代診をやり、今では小伝馬町の勤めにも出るようになっていた。
ある日、囚人のひとりが病気だというので牢へ行くと仮病で、代わりにある人物から金を受け取っておみつという女に渡してほしいと頼まれる。登は引き受けて女のもとに行くが……。医者は囚人にとって娑婆(しゃば)とつながる唯一の窓。登は流れのままに彼ら彼女らと関わりながら事件に巻き込まれていく。
【読みどころ】登は柔術の達人で、医者というより腕っ節の強い探偵といった趣ではあるが、病気だけを治すのが医者ではないという、登の心意気が伝わってくるシリーズの1作目。 <石>
(講談社 649円)