「桜が散っても」森沢明夫氏
「桜が散っても」森沢明夫著
暴風雨が吹き荒れる春夜、山奥の寒村・桑畑村で老人の遺体が発見された。手にお守り袋のようなものを握って倒れていたその男性の名前は山川忠彦。村の外れに住む独居老人で一部の村人からは「よそ者」「変わり者」と指弾されていた人物だ。なぜ、人けのない細道で彼は倒れていたのか……。
「ミステリーのようなおどろおどろしい冒頭ではありますが、今作のテーマは家族です。家族って個々の尊重すべき人間じゃないですか。一番近い存在であるはずなのに、何を感じているのかは本当にはわからないですよね。その意味では、家族はある種、ミステリーと似ているのかもしれません」
本書は、不器用ながらも自分の信念を貫いた忠彦と、その一家の絆を描いた、心静かに癒やされる家族の物語。
前半は数十年前の忠彦視点で、2児の父になった在りし日の幸福な家庭が描かれる。ところが、自身が勤める建設会社のリゾート開発によって、“第2の故郷”と慕っていた桑畑村で地滑り事故が発生。事件を直接目撃してしまったショックから失声症を患ってしまう。以降は、妻・長男・長女のそれぞれの視点からその後の家族の姿と忠彦への思いが語られる。
「妻は退職をした忠彦の代わりになって献身的に家庭を支えます。徐々に精神的に回復してきた忠彦は、村に桜の植樹をするようになるのですが、毎月のように通うので費用が家計を逼迫していく。リゾート開発に反対の立場だった忠彦に落ち度はない。それなのに“罪なき”罪滅ぼしを続ける夫を理解できず、『家族の未来のことを考えているの?』とすれ違いが生まれてしまうんです。忠彦にとっては、理由がある行動なのですが……」
結果的に夫婦は離婚し、忠彦は1人で村に移住。長男は、家庭をないがしろにした決断自体は恨むものの、人間としての父親は憎めず、そのひとくくりにできない感情に苦しむ。一方で当時まだ幼かった長女は、後に父性を追い求めるあまり、年上男性との不倫が常態化してしまう。
「妻は忠彦を『家族の人生を台無しにした人』としてひたすら遠ざけようとしますが、子どもたちはそれぞれ違った思いを持つ。血のつながった家族とはいえ、同じ出来事にあったとしても受け取り方は違うんですね。世の中はなんでも、“出来事”と“受け取り方”の2つで成り立っていると私は考えています。その2つのうち、私自身で変えることができるのは後者。そこに気付くことに希望があると思うんです」
後半では家族が忠彦の生前の姿を追憶しながら、まさにミステリーのように忠彦の真意が明かされていく。実は冒頭のシーンにも伏線が多数。その緻密さがありながらも壮大なラストが待っている。タイトルの意味がわかるころには温かな感情が胸にこみ上げるだろう。
「家族を通して描きたかったのは“究極の幸福論”です。どんなに悲劇的なことがあっても、出来事に対しての“受け取り方”は自由に変えられる。それは、『前向きな態度に』という精神論ではなく、“優しい想像力”が持てるかということにかかっていると思います。家族のことで思い悩むのは、家族の幸せな姿を誰もが考えている証拠。当たり前の存在だからこそ、そのことを忘れないように想像し続けることが必要です。この“優しい想像力”の輪をどこまでも伸ばした先に、みんなにとっての究極の幸福があるんじゃないでしょうか」
(幻冬舎 1870円)
▽森沢明夫(もりさわ・あきお)1969年、千葉県生まれ。早稲田大学卒業。日韓でベストセラーとなった「虹の岬の喫茶店」は、吉永小百合主演で映画化。高倉健の遺作となった映画「あなたへ」の小説版や、有村架純主演の「夏美のホタル」の原作などもベストセラーに。他にも「大事なことほど小声でささやく」「津軽百年食堂」など、映画・テレビドラマ・コミック化されたヒット作多数。