「ネット怪談の民俗学」廣田龍平氏
「ネット怪談の民俗学」廣田龍平氏
「きさらぎ駅」「くねくね」など、ネットで話題になった怪奇な話をご存じだろうか。アニメや映画の題材になるなど、各方面でブームを巻き起こした「ネット怪談」は、どのように生まれ、変容し、拡散・忘却されるのか──。本書は発信源を一つ一つ突きとめながら、変遷の経緯を追い、傾向を俯瞰して分析した異色の解説書だ。
「ウィンドウズ95が発売されてから四半世紀が過ぎ、特に2000年以降はネット発の怪談が日本文化に定着しました。加えて海外からネットホラーが日本に入ってくる状況がコロナ禍以降目立ち始めた。これらの文化の歴史を、現時点でまとめて一望できる本にしたつもりです」
ネット怪談は、作者が創作した怖い話を受け手側が聞くという一方通行のコミュニケーションとは一線を画す。その多くが、怪奇に感じた出来事を報告するネット上の投稿を契機に、受け手側も対等な立場で参加しながら話が共同構築されていく特徴を持っている。
たとえば「きさらぎ駅」の場合、2004年ガラケー時代に「2ちゃんねる」に投稿された「気のせいかもしれないですが、よろしいですか」という一文に多くの人が参加したことで話が形成された。その後投稿が絶えたかと思いきや、スマホの時代の11年にSNSで画像付きの実況などが投稿され、20年代には映画化や、舞台となった私鉄がキャンペーンを始めるなどしてメジャー化した。
「口伝えで語り継がれてきた怖い話も、ネットの登場によって異世界からの実況中継や拡散が可能になった。カメラやテレビが登場したときと同様、テクノロジーが発展するとそれらを駆使した怪談が生まれます。民俗学は、公式の記録に残らない人々の生活が研究対象なので、ネット怪談も民俗学の文脈から読み解くことができる。文学作品と違い、雑に扱われがちだからこそ、こだわって始まりを突きとめた。巻末を見れば元ネタがたどれるようになっています」
さらに著者は、ネット怪談のトレンドの変化についての2つの仮説を提示。1つは「因習系から異世界系へ」という動きで、もう1つが「物語からデータへ」という動きだという。
因習系とは辺鄙な村におぞましい風習があり、都会から来た人が巻き込まれるパターンだ。地方などに対する差別や偏見などの意識がプロットに組み込まれがちなことから最近では減少傾向にあり、逆に増えているのは、異世界に紛れ込む話。怪奇的な状況は世界のバグと考える。これはネット登場以前にはなかった新しい世界の捉え方だ。
「もうひとつの『物語からデータへ』の例としては、ストリートビューの画像や、誰もいない黄色い室内画像(バックルーム)などを怖いものとして扱うケースが挙げられます。ネット上に蓄積されたデータが誰も管理できないほど膨大になり、所有者不明の画像が検索やTikTokのおすすめで断片的に出てくる。グローバル化で言語を介さないものが増えました」
「リゾートバイト」「コトリバコ」「三回見ると死ぬ絵」「ひとりかくれんぼ」「スレンダーマン」など、近年話題のネット怪談は網羅されている。個々の話を知らない場合には、巻末URLで確認可能。知っている人でも「あの話の元ネタってここだったのか」と驚くこと請け合いだ。
(早川書房 1276円)
▽廣田龍平(ひろた・りゅうへい) 1983年生まれ。法政大学ほか非常勤講師。専攻は文化人類学、民俗学。博士(文学)。著書に「妖怪の誕生 超自然と怪奇的自然の存在論的歴史人類学」「〈怪奇的で不思議なもの〉の人類学 妖怪研究の存在論的転回」など。