室井滋<中>マージャンでの“暴言”が週刊誌連載のきっかけに
生活費の足しに始めたエッセーが編集者の目に留まり、一冊に取りまとめた「むかつくぜ!」(1991年、マガジンハウス刊)がまさかのミリオンセラー。「一獲千金に縁がない人生を送ってきた」という駆け出しの女優は、芝居と執筆の“二足のわらじ”のスタイルを確立していく。
「私の中には富山県人の堅実さが根付いていて、人にお金を借りたり、親がいなくなったからああなったと後ろ指をさされるのが嫌で、自立した生活を送るにはどうしたらいいのかを考えた上で始めたことでした。もともと学生映画の企画書を書いたり、出版社勤務の先輩の手伝いで大宅壮一文庫(雑誌のバックナンバーを所蔵する私立図書館)に通ってがんの特効薬のリポートをまとめたりしていたんです。親戚に与謝野晶子研究の国文学者がいて、その雑用係をしたこともありました。書くことは好きだったんです。それで、長いものは無理だとしても雑文なら書けるかなって」
■「書くことは写経のようなものなのかも」
その後も「キトキトの魚」(93年、同)、「東京バカッ花」(94年、同)とヒットを連発。女性誌「CREA」(文芸春秋)で映画コラムを手がけ、週刊文春の名物コラム「すっぴん魂」を執筆することになる。映画「居酒屋ゆうれい」に出演するなど多忙を極める中で、週刊誌の連載を引き受けるときは迷ったというのだが――。