炎症性乳管がん<2>電話口で母は泣き出し父は声を詰まらせ
これら抗がん剤を順番に点滴し、所要時間は1日約4時間、3週間を1クールにして7クール続けたのである。
「脱毛、手足のしびれなどもう、副作用は半端ではありませんでした。ほか鼻血、むくみ、下痢、嘔吐、両足の親指の爪も剥がれました」
■「もし代われるなら私が…」
とくに女性にとって切なかったのは脱毛である。風呂場で洗髪をしていると、手のすき間から黒髪がバサバサと抜け落ちてきた。
鏡に映る自分を見るのが怖くて、脱衣所に踏み出せない。長いこと湯船の中で、すすり泣きをしていたという。
抗がん剤治療の開始から5カ月間を経た9月に、CTを撮った。腫瘍が随分と小さくなっていた。
原田さんは、主人が社長を務めている自動車・航空機・福祉医療機器などの、設計・開発会社の役員をしている。
「社員の人たちには心配をかけまいと、がんであることを知らせませんでした。治療で出勤できないときは心臓病とウソをついていたのです。でも腫瘍が小さくなったところで、初めて会社の幹部にだけ、がんであることを告白したのです」