地震雲・地鳴り・犬猫が暴れる…「宏観異常現象」で地震予知はできる?
1976年に日本地震学会が東海地震説を発表してからすでに40年が経過したが、今のところ地震は起きていない。中央防災会議も1988年に「今後20年から30年以内にマグニチュード7クラスの首都直下地震が発生する可能性がある」としていたが、これも過ぎてしまった。いま石川県の奥能登で群発地震が発生しているが、地震の予知は可能なのだろうか?
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昔から巨大地震の前にはさまざまな前兆が確認されている。これを中国では「宏観異常現象」と呼んできた。無色透明だった温泉が白濁したり、地鳴りや発光現象があったり、動物が異常行動するなどさまざま。日本では「ナマズが暴れる」が最も有名だが、「鹿島神宮」や「香取神宮」にナマズを抑える要石があるというから、人々は昔からナマズの異常行動と地震前兆とを結びつけて後世に伝えてきたとも言える。
もっとも、これら自然現象の多くは科学的根拠に乏しいのも事実で、迷信やオカルトの類いとして一笑に付されることがほとんど。気象庁も「日時と場所を特定した地震を予知する情報はデマ」と言っているから、ネット上にあふれている「〇月X日、□□地方で大きな地震」といった情報はスルーしていいだろう。実際のところ、日本では震度4以上の地震は年間50回ほど発生しており、いつもどこかで地震が起きている状態。当たるも八卦……でいつかは当たる。
とはいえ、過去の異常報告がまったくアテにならないかというと、これも完全に否定できるほどの根拠はない。
「現在のところ、宏観異常現象は科学的根拠や統計的な裏付けなど地震との因果関係は解明されていませんが、地震と無関係とも言い切れないため、地下水の変化や動物の異常行動などを専用フォーム、メール、FAXで広く県民から集めています」
こう話すのは、2013年から宏観異常現象を収集している高知県の南海トラフ地震対策課の担当職員。今年に入ってからの情報は「夜間に海鳴りのような音。真夜中には金属を落としたような音が数回聞こえた」というのがあった。
カラスの大群が飛んで行った
空耳や別の理由かもしれないが、過去の宏観異常現象にはこんな例がある。前回の南海トラフ地震に当たる1854年安政東海地震や1923年関東大震災の前は、何カ月も前から「地鳴り」がしていたという。1930年北伊豆地震では「空が光る」という発光現象が目撃された。さらに1943年鳥取地震では井戸水や温泉の混濁、1978年伊豆大島近海地震では「ミミズが地中から這い出してきた」という報告があった。そして阪神・淡路大震災後では、1519件の前兆証言が住民から寄せられた。具体的には「三宮付近のフラワーロードを走行中、ナビゲーションシステムの矢印が逆方向を向いた」「大晦日の夕刻、カラスの大群が東北の方向に飛んで行った」があった。
こうした異常は日本に限らず、1976年イタリア・フリウリ地震では「猫や犬が暴れた」、1975年中国遼寧省の海城地震では嘘かまことか、「ネズミがぼんやりして手で捕まえられた」という。
宏観異常の研究も続けられている。戦前の物理学者で「天災は忘れた頃にやってくる」と発言した寺田寅彦は、1930年の北伊豆地震の前に起きた伊東の群発地震の際、アジの漁獲量と地震の因果関係を調べた。その寺田と親しかった水産学者の末広恭雄はリュウグウノツカイという深海生物の捕獲を調査。また動物学者の畑井新喜司は1931年から約半年間、ナマズと地震に関する研究を試みている。
どれも「後から考えたらそうだった」という話が多いわけだが、信憑性はあるのか?
まず、寺田の「アジ」の漁獲量だが、後年になって地震との関係はないと結論付けられている。末広の「リュウグウノツカイ」は、ときどき浜に打ち上がったり、定置網にかかったりするが、2006年末から07年冬にかけ日本海に頻出した際は、地震ではなく深海の水温低下が原因とされた。ただ、その後の07年7月に「新潟県中越沖地震」(マグニチュード6.8)が発生。これはもしかして、「地震の前兆」ではなかろうか?
「リュウグウノツカイなど深海魚については、東海大学などの研究グループによって『深海魚出現は地震の前触れ』という伝承は迷信と結論付けられています。同グループは2011年まで過去83年間における336例の深海魚の漂着や捕獲の事例を確認し、深海魚出現から30日後までに半径100キロ以内に発生したマグニチュード6以上の地震を調べたところ、合致したのは07年の中越沖地震だけでした」(「だいち災害リスク研究所」担当者)
ナマズの的中率は3割ちょっと
では、大本命のナマズはどうか? ナマズは低周波を感じる能力が人間の100万倍近いとされている。
これは東京都水産試験場が1976年から16年間にわたって調べた。その間、東京都で起きた震度3以上の地震91例のうち、欠測の4例を除く87例に対し、ナマズが10日前から暴れていたのは27例。確率は3割ちょっとで、結論は保留になっている。
ならば、変わった色の地震雲はどうか。気象庁は「雲は大気の現象であり、地震は大地の現象で、両者は全く別の現象」と否定。一方、動植物の不可思議な行動については「動植物は地震以外の理由によって通常と異なる行動・反応をする」と素っ気ない。地鳴りについては、現時点で結論は出ていない。
■高知県の真の狙いは「防災意識の向上」
なかなか「これぞ」という宏観異常現象は見つからない。それでも目撃談を集めたり、研究が続けられているのは別の理由がありそうだ。
理学博士で宏観異常研究の第一人者であった力武常次氏は生前、「宏観異常現象にケチをつける人はいっぱいいるが、古今東西を問わず、共通的な例がたくさんあり過ぎる。いくらか真実性があるならば、科学者としてはそれを追いかけなくてはならない」と話していた。高知県の先の担当者も、異常報告の数はとくに問題にしていない。
「日常生活での変化に目を向け、南海トラフ地震対策として防災意識を高めてほしい」
これが本当の狙いのようだ。はっきりとした地震の予知はできなくとも、「地震が話題」になれば防災の点で効果は絶大というわけだ。