花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも
「流して走っているように見える」のはいまも変わらない。なのに速いのだ。
小さいころは外で遊ぶか寝るかどちらか。幼稚園で友達と遊び、夕方帰ってくると居間のソファの上で眠りこけた。リトルリーグから帰ってきてもコテッ。とにかくよく寝る子だった。
寝る子は育つという。体は幼稚園のころから常に大きな方。それでも飛び抜けて大きいわけではなかったが、中学に入ってから背丈はぐんぐん伸びた。牛乳が好きで、毎日1リットル飲んだこともプラスに作用した。中1で166センチだった身長は、3年間で20センチ伸び、卒業時には186センチあった。徹さんが182センチなら加代子さんは170センチ。親族はみな大きいというから、そもそも大きくなる遺伝子を持ち合わせているのだ。
ただし、食は細かった。育ち盛りながら、中学時代、白飯は茶碗に1杯で十分。背は伸びても、もやしっ子だった。
進学した花巻東高(岩手)には「食事トレーニング」がある。ノルマは1日にどんぶり飯10杯分。食が細い大谷にとっては苦痛だった。練習試合の昼食は、仕出屋の弁当。余った分は投手が食べることになっていたが、食べ切れないからといってゴミ箱に捨てるわけにはいかない。寮の机の引き出しにしまったままにして、カビだらけにしたこともあった。(つづく)