著者のコラム一覧
三島邦弘

ミシマ社代表。1975年、京都生まれ。2006年10月単身、ミシマ社設立。「原点回帰」を掲げ、一冊入魂の出版活動を京都と自由が丘の2拠点で展開。昨年10月に初の市販雑誌「ちゃぶ台」を刊行。現在の住まいは京都。

「現在落語論」立川吉笑著

公開日: 更新日:

 立川流の二つ目・吉笑さん(31)が本を書いた。それも、師の師である談志著「現代落語論」のオマージュ的タイトルをつけて。

 一度でも彼の寄席を訪れたらわかるが、その噺は実に「本的」である。「舌打たず」「粗粗茶」「ぞおん」など彼の創作を聴くと、ちょっとした短編、あるいは科学の読み物を読んだような感を覚える。

 発売後すぐに、本屋で見つけ、読んだ。読んで、拍手喝采した。よくぞ書いてくれた!と。なぜなら、「落語」を「出版」に置き換えると、我が事の話ばかりだったのだ。

 半世紀前、談志は「現代落語」が「ただの伝統芸能」になってしまいかねない状況に警鐘を鳴らした。一方、「現在」、落語はその伝統性が失われ、「ただの大衆芸能」になりかねないと吉笑は喝破する。

 あくまでも落語を「笑いを表現する手法」として捉える吉笑だが、だからこそ、落語でしかできないことを真剣に考える。そうして行き着いた先が、「伝統も大衆性も大事」。彼の得意とする擬古典に象徴されるように。

 それとともに、師について大胆な言及を重ねるあたりに、伝統への並々ならぬ思い入れを感じた。弟子入りの経緯に触れるだけでなく、なんと、自分の師・談笑の芸について分析する。という高度な「芸」を披露しているのだ。

 誰もが認める「過激さに富んだ発想力」が持ち味であることを述べた上で、師の真の凄さは、「物語の本質を掴む」力だと指摘。弟子の自分だけが知っている! と言わんばかりの筆致に、ああ、この師弟関係よ、と感じ入らずにいられない。出版に限らず、現在のあらゆる産業に欠如しているのは、(上下関係ではない)こうした関係が醸す豊かさではないか、とさえ思った。

 競争主義、商業的システムからは突出した才能が時々生まれても、落語界全体の発展は見込めない。

 相互扶助的世界に「生かされた」最後の世代である一人の若手が、身を投じて、自分の生きる世界を未来へつなげようとする。本書はその懸命の試みであり、これから各産業を担う世代一人一人の声を代弁しているかのような「現在仕事論」でもある。言うまでもなく、落語入門としても見事。
(毎日新聞出版 1400円+税)


【連載】京都発 ミシマの「本よみ手帖」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動