「老人の取扱説明書」平松類氏

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 年寄りはみんな頑固で偏屈、人の声に「うるさい」と敏感な割に自分は大声で話す、都合の悪い話は聞こえないフリ。そう思い込んでいないだろうか。高齢者の厄介と思われる行動には、実は理由があったのだ。

「視力や聴力、嗅覚や味覚などの五感が衰えていることが原因です。根本的に『見えていない』『聞こえていない』のです。そもそも性格が悪いのだと決めつけたり、認知症だと勝手にレッテルを貼らないことですね。理由がわかればイライラしなくなりますし、対策がわかれば周囲の人も心穏やかに過ごせると思いますよ」

 例えば、子供の声には不快感を示すのに自分は大声で話す人は、高音が耳鳴りして痛いほどの音に聞こえているのだとか。聴力が衰えているので自分は大声になっていることに気づかないという。

「都合が悪いことは聞こえないフリというのも、実は高音、特に若い女性の声が聞きにくくなっているからです。嫁の話だけスルーする姑というのは、聞かないのではなく聞こえていないんです。また、横や背後から声をかけても聞こえていないし、姿が見えていない可能性も。『低い声でゆっくり、正面から話す』ことです。話す速度のお手本は19時台のテレビのニュース番組です」

 せっかく作った料理にドボドボとしょうゆをかけるのは、塩分を感じにくくなっているから。約束を守らないのは忘れたのではなく、そもそも聞こえていなかったから。同じ話を繰り返すのは短期記憶が落ちているから、昔話を美化するのは嫌な記憶が消えやすく、いい記憶だけが残るから。決して意地悪や嫌がらせをしているのではないのだ。

 約10万人の高齢者を診療してきた著者。気づきのきっかけは、白内障の高齢患者だったという。

「白内障で来院した70代の男性で、ご家族は認知症だと言っていました。食事もとれず、排泄の失敗もあったので、僕も認知症だと勝手に思っていました。ところが手術後、家族とコミュニケーションをとれなかった彼が普通に会話し、通常の生活に戻りました。つまり数々の失敗は目が見えていなかったからなのです。みなさん、認知症を『0か100か』で考えがちですが、突然発症するものではありません。緩やかに認知機能が低下するもので、こういう症状だから認知症、と決めつけてはいけないんですよ」

 タイトルの意味はそういうことだ。取扱説明書と聞くと無礼に感じるかもしれないが、高齢者に対する決めつけや思い込みを払拭する意味なのだ。

「認知症はその人の環境によって定義が変わってきます。料理ができなくなっても、そもそも料理しない人には関係ない。切符が買えなくなっても、電車に乗らない人には何の問題もない。認知機能の低下で生活に支障を来すのが認知症ですから、何かができなくなっても支障がなければ、認知症と言わなくていいのです」

 高齢者と暮らす人、介護中の人に「気づき」を与えて「見方」を変えるきっかけをくれるのが本書の最大の効能。でもこれ、職場の上司の取扱説明書とも言えるのでは?

「実はビジネス書としても活用してほしい狙いもあります。重要な決断をする上層部は、ほぼ高齢ですから。小声で悪口を言ったつもりでも、本人には確実に聞こえています。ひそひそ話は低音なので、高齢者が聞き取りやすいんですよ(笑い)」

(SBクリエイティブ 800円+税)

▽ひらまつ・るい 愛知県田原市生まれ。昭和大学医学部卒業。同大学兼任講師、彩の国東大宮メディカルセンター眼科部長、三友堂病院非常勤講師・眼科専門医を務める。患者の五感に寄り添う診療に定評があり、親近感とわかりやすい解説が人気でメディア出演も多数。「魔法の眼トレで全身が若返る!」「本当は医者として教えたくないズルい健康法」など著書多数。

【連載】著者インタビュー

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