ディープでオタクな映画本特集

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「ビデオランド」ダニエル・ハーバート著 生井英考ほか訳

 エンタメの王者といえば映画。最近はディープな中高年映画ファンも急増し、ネットのブログでは映画レビューが花ざかりだ。そんなアナタにオススメのちょっとディープな映画本特集。



 近ごろは街中でもめっきり見かけなくなったのがレンタルビデオ店。ハリウッド映画界でも人気俳優らが出演するネット配信向けの話題作が次々に製作され、パッケージビデオはいずれ消えゆく運命といわれる。だが、実はレンタルビデオ店は街角に常設された“映画の学校”だった。こう説くのがアメリカの映画学者が書いた本書である。

 翻訳した立教大学元教授の生井英考氏は言う。

「ぼくもそうですが、古株の映画ファンほど『映画は映画館で見るもの』と決めつけたがる。でも若いころはレンタル店で知られざる自分だけの名作を探して仲間に自慢したり、ロードショー館では絶対出合わないような珍品に一喜一憂したおぼえが誰にもあるはず。街のどこにでもあったレンタル店は、そうやって若い映画ファンが目を鍛える修業の場だったんですよ」

 著者はミシガン大学映画学科の准教授。専門は映画産業論だそうだ。

「70年代に家庭用ビデオが出てきた時、映画会社は総じて無関心でした。そのためコンテンツとしての映画をソフト化するビジネスは業界とは無縁の流通業者らが手がけ、従来のハリウッド大手とは違う実質的な映画配給網をつくる形になった。著者はそこに注目し、どんな人々が新しい配給業にたずさわり、観客はどう変化し、結果的に映画の歴史がどう変わったのかを具体的に論じたんです」

 面白いのはマニアックな映画ファンばかりが集まる専門店を訪ねた章。ハリウッドのスターや監督まで訪れるシアトルの「スケアクロウ・ビデオ」はギリシャ出身の映画マニアが独力で世界中から買い集めたビデオが11万本を軽く超える。日本アニメもこういう店から広く知られるようになったのだ。他方、田舎の傾きかけた個人営業店では著者が訪ねるなり「あんた、この店買わないか」と持ちかけられたという。

 90年代に最大手だったレンタルチェーン「ブロックバスター」はネットフリックスとの戦いに敗れて倒産。いまやリアル店舗のレンタル店は絶滅危惧種だ。しかしネット配信の時代でもオンライン上で「レンタル」しているのは同じ。そんな直近の内情まで含め、人間くさいエピソード満載の楽しい映画史である。

(作品社 3740円)

「テック・ノワール ジェームズ・キャメロン コンセプトアート集」ジェームズ・キャメロン著 富原まさ江訳

 J・キャメロンといえば「ターミネーター」「エイリアン2」「タイタニック」「アバター」と大ヒット作を連発してきたハリウッドきっての大人気監督。彼が絵コンテの前後に描いたビジュアル表現のコンセプト集が本書だ。

 大判の紙面の印刷は上質で、デッサンの筆跡やクレヨンのタッチまでが手に取るようにわかる。まさにファンには垂涎ものの映画アート本だ。まだ無名だった初期作品の「宇宙の7人」では、宇宙船のアイデア図を仲間が「牛バラ肉みたいだ」と冷やかし、勝手に「特売!」「リブロース2ドル98セント」などと書き込んだ落書きまで見られて大笑いさせられる。

 09年の大ヒット作「アバター」はメジャー映画初の3D効果が話題だったが、キャメロンには子供のころから描いてきた緑豊かな未知の惑星のイメージが念頭にあったという。「タイタニック」でヒロインが描かせたヌードデッサンはキャメロン本人の手描きという挿話もうれしい愛蔵版。

(玄光社 5500円)

「映画はこう作られていく」ティム・グリアソン著

 映画のよさは古い作品も新作にもそれぞれ独自の魅力があること。過去の名作にも魅了され、学ぶところが多い。その歴史から130本近くの作品を選び出し、アメリカの映画評論家が映像表現の面から見どころを短評したビジュアルガイドが本書だ。見開きの目次には「アクティング」(演技)、「ディレクティング」(演出)、「ライティング&カメラ」(照明と撮影)、「編集」「脚本」と並ぶ。

 たとえば名作「風と共に去りぬ」の演出では、南北戦争の負傷兵の場面のクレーンショットの大俯瞰が国家分裂の悲劇を実感させた。タランティーノの出世作「レザボア・ドッグス」(写真)の冒頭では黒服サングラスの男たちが歩く姿をスローモーションにしたことで、独特のクール感が生まれた。脚本の部ではナレーションを人物の内心の声とするか(「グッドフェローズ」)、第三者の客観音声にするか(「バリー・リンドン」)で世界観が変わる。具体的な映画作品をスチール写真入りで紹介することで立体感あるガイドになっている。

(ボーンデジタル 3300円)

「ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク」ジョン・ウォーターズ著、柳下毅一郎訳

 アメリカのカルト映画監督といえばこの人。アングラ作品「ピンク・フラミンゴ」で70年代に映画ファンに衝撃をあたえ、「ヘアスプレー」などメジャー映画も手がけるようになったジョン・ウォーターズが66歳でヒッチハイクの旅に出た。

 ヒッピー全盛の60年代ならまだしも、男へのレイプまで日常茶飯になった現代アメリカでの話だ。おまけに監督自身、昔の映画ではヒッチハイカーをレイプして妊娠させ、赤ん坊を闇市場で売り飛ばすなどという言語道断のエピソードを(セリフの中だけだが)描いているのだ。

 しかし訳者あとがきによると、近年のインディーズ映画界では大作でも小品でもない中規模サイズの映画が製作されにくくなっており、いわば書籍になったロードムービー、「活字になったウォーターズ世界の大冒険」をめざしたのが本書だという。あてもなくアメリカ大陸を車でうろつく。そんな“伝統芸”をカルト監督みずから演じたマニアックな快作。

(国書刊行会 2860円)

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