江上剛(作家)
3月×日 飯能ゴルフクラブで友人とプレー。コロナ禍で会食がなくなり、ゴルフが増えた。ボールがどこに飛ぶかわからない腕前。その結果、ソーシャルディスタンスが保たれる。ゴルフ場はコロナ禍における桃源郷だ。
浅田次郎著「母の待つ里」(新潮社 1760円)は「嘘の故郷」という桃源郷で心身を癒される中高年たちが登場する。1泊2日50万円も支払ってどうして「嘘の故郷」で「嘘の母」に慰めてもらわねばならないのか。それは現代人には埋めがたいほどの喪失感があるからだ。「嘘の母」が方言で語る昔話は、まるで音楽を聴いているようで心に響く。魂が救済される癒し文学。
3月×日 国立演芸場の柳家さん喬の独演会に行く。さん喬の優しい語り口が大好きだ。演目「幾代餅」。搗き米屋の奉公人清蔵と吉原の花魁幾代太夫の恋物語。おなじみの話でいろいろな落語家の「幾代餅」を聴いたが、さん喬の「幾代餅」に涙が止まらない。上手いなぁ。
マット・ジョンソン、プリンス・ギューマン著「『欲しい!』はこうしてつくられる」(花塚恵訳 白揚社 2750円)、私たちの脳はマーケターによって巧みに騙されている。ブランドとはなにか。水道水とペリエではペリエの方が美味しく感じる。ブランドがあるか否かで味覚が違ってくる。マーケターによって私たちの脳がペリエの方が美味しいと思わされているからだ。マーケターたちは私たちの脳を騙すために日夜しのぎを削っている。広告の裏側を見せてくれる戦慄の面白さ。
3月×日 眼鏡を作るために湯島の「世界のメガネプリンス」へ。ここに行くたびに近くのとんかつ屋「ぽん多本家」に寄る。ここのカツレツは最高に美味い。人生最後の食事は「ぽん多のカツレツ」にしたい。平和だからこそ美味しく食事ができる。ウクライナに早く平和が戻ってほしい。クラウフ・ドッズ著「新しい国境 新しい地政学」(町田敦夫訳 東洋経済新報社 2860円)は、地政学リスク、すなわち国境紛争について詳しく解説してくれている。尖閣諸島、北方領土など私たち日本も国境紛争の真っただ中にあることを自覚しなければならない。陸ばかりではなく海、そして宇宙にまで国境紛争の種は尽きない。人間の愚かさは極まりないとの読後感。