「ハレム」小笠原弘幸著
昨年末、政府の有識者会議は皇室継承の在り方についての最終報告書で、女性皇族が結婚後も皇室に残る、皇族の養子縁組を可能にするという2案を提示した。日本の皇室のみならず世襲君主制を採用している国では、いかに後継者を確保していくかが大きな問題となっている。前近代において、そうした危機を回避するために採られたのが後宮制度で、その典型がオスマン帝国のハレムだ。
ハレムというと、中東の好色な権力者が多くの女性をはべらせて酒池肉林にふけるといったイメージだが、本書は、最新の研究をもとにオスマン帝国時代のハレムの実態を明らかにしていく。君主に関係する女性たちを隔離するという慣習は、地中海世界に紀元前からある古いもので、イスラム教勃興以後の各王朝にもそれが引き継がれた。現在のハレムのイメージの直接の源泉となったのは、オスマン帝国のスルタンがイスタンブールのトプカプ宮殿に構えたハレムだ。
ハレム内には一般の人が入ることはできず、女官、黒人宦官、母后(スルタンの母)、スルタンの4つの区画に分かれ、およそ500人の女官が常時暮らしていた。女官の身分は奴隷だが、イスラム世界ではイスラム教徒を奴隷にはできず、多くは征服した先の異教徒だった。また主人との間にできた子供は自由人であり結婚すれば女性も解放される。従って、女官が男子を出産すれば後継者候補となり、自らも母后となる可能性もあった。また女官たちは基本的に宮殿内に隔離されていたが、年に数回「人払い」という行事があり、門衛や庭師などの立ち入りを禁止し、宮殿内を自由に散策する機会があり、帝国末期には街でのショッピングも許されたという。
ハレムは王位継承者を維持していくための極めてシステマチックな制度だったが、それがなくなった現在、王位継承という問題がどこへ向かうべきかを考えるヒントになるだろう。 <狸>
(新潮社 1815円)