「私が原発を止めた理由」樋口英明著/旬報社
「5年たって、こみ上げるのは怒りだけ。原発のどこが安全でクリーンなエネルギーなのか。ばかじゃないか、この国は。こんな国に生まれてしまったから仕方ねぇけど」
福島で農業を営んでいた東日本大震災の被災者は、2016年3月に放映されたTBS「NEWS23」で、こうぶちまけた。
この農民の怒りの叫びに、真正面から向き合って、その2年前に関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた判決を出したのが、当時、福井地裁の判事だった樋口である。この判決で特徴的だったのは、原発の耐震基準が、実際に起こった地震に比較してもはるかに低いことを指摘した点だった。
安全確認の基準となる地震の揺れの強さを「基準地震動」と言い、単位はガルだが、東京電力福島第1原発のそれは600ガルだった。しかし、すでに2008年の岩手・宮城内陸地震で4022ガルを記録していた。そして、2011年の東日本大震災のそれが2933ガルである。
これだけで原発再稼働などとんでもないとなるはずなのに、樋口があるインタビューで呆れているように、「ロシアからの天然ガスの禁輸で燃料費が上がるから原発を再稼働すべきだ」などと恐ろしいことを言う人間がいる。この本で樋口はあくまでも静かに、「これだけ危険な原発を止めないという蛮勇ともいうべきものを私はおよそ持ち合わせていません」と主張する。
また、原発は安全なはずだから地震が起きたら原発に逃げ込むなどと言っていたビートたけしの愚かさを指摘しているが、私は地下鉄で40代の女性から、「あれだけの事故を起こしたのに原発再稼働などと言っていますね」と話しかけられた時のことが忘れられない。それに対して私が、「原発は安全という太鼓を叩いたたけしが、いまもなお毎日テレビに出ているような国で原発なんか止まりませんよ」と返すと、彼女は「たけしにもいいところがあるんじゃありませんか」と抵抗した。それで私は声を高くして、「たけしは、女に選挙権はいらない、と言っているんですよ。憲法改正、徴兵制施行とも言っているし、それでいいんですか」と反論した。
あの原発大事故が起こってまもなく私は「原発文化人50人斬り」(光文社知恵の森文庫)を出して、たけしを含む原発推進派を断罪した。今年9月から樋口を主人公にした映画「原発をとめた裁判長」が上映される。「原発は自国のみに向けられた核兵器」と喝破した弁護士の河合弘之も登場する。 ★★★(選者・佐高信)