鏑木蓮(作家)
7月×日 今年は私の住む京都以外でも、連続猛暑日が続いている。心療内科医本宮慶太郎シリーズ第2弾「見えない階」(潮出版 880円)が現在書店に並び、最新作「見習医(けんしゅうい)ワトソンの追究」(講談社 1980円)の見本が届くのを待つばかり。しばしの休憩にと1冊の本を手に取った。辻真先著「馬鹿みたいな話!」(東京創元社 2090円)。帯にある惹句の「ミステリ界のレジェンドが放つ鮮烈な本格ミステリ」もさることながら、私が興味を持ったのは、「昭和36年のミステリ」という副題だ。私が生まれた年でもあるからだ。
昭和ミステリシリーズ第3弾の本書は、実在した芸能人、現役の有名人たちが次々と登場し、さながらテレビ界のクロニクルを読んでいるよう。生放送中のドラマ現場に主演女優の死体が発見されるという驚きのオープニングすら、どこかリアリティーがある。この衆人環視の不可能犯罪に挑むのは、駆け出しのミステリ作家・風早勝利と美術課契約職員・那珂一兵。この両名がいかにして解き明かすのかというメインの謎と、当時の番組制作の実情が描かれているのも魅力だ。
しかし36年に生まれた私が、なぜ36年の番組「夢であいましょう」などを見ていた記憶があるのか、と不思議に感じた。調べてみると多くが長寿番組だったからだ、と分かり納得。高度成長期、変化の激しい時代、この小説の中に描かれているような人々の熱と力が、長く愛され続ける文化を生んでいたことに改めて気づかされた。
7月×日 歌謡曲を聴きながらコーヒーカップを手にやっぱり昭和はいい! と酔いしれていると、玄関チャイムが鳴る。老人会への勧誘だった。意気消沈し、森村誠一著「老いる意味」(中央公論新社 924円)に手が伸びた。本書は88歳の著者が、うつ病の発症からその克服までの苦悩を赤裸々につづったものだ。そして老人よ夢を抱け、とポジティブな生き方をすすめている。氏から見れば、36年生まれ、60歳、還暦。鏑木蓮などまだまだひよっこだ。次の夢に向かってチャレンジする気持ちにしてくれた一書だった。