佐川光晴(作家)
5月×日 昨秋、26歳の長男が国家試験に合格して独り立ちした。この春には小学校教員の妻が定年退職し、18歳の次男が大学に進んだ。主夫として、長きにわたり、家事育児に勤しんできた当年57歳の小説家は、節目の年を迎えて、鯉のぼりを上げる手に自ずと力が入った。
「病んだ言葉 癒やす言葉 生きる言葉」(青土社 2200円)の著者阿部公彦さんは1歳下の英文学者だ。文科省による、「英語民間試験の活用」に猛然と反対し、「見送り」に追い込んだのは記憶に新しい。本書には、「言葉とどう付き合うのか」という根源的なテーマを秘めて、「ぺらぺら信仰」に陥りがちな英語教育の問題点や、日英の詩、小説について書かれた文章が集められている。学識に裏打ちされた溌剌さが魅力で、高校生、大学生のお子さんがいる方は是非親子で読んでほしい。「フランク・オコナー短篇集」(岩波文庫 990円)等の翻訳も素晴らしい。
5月×日 この1年ほどで10キロ以上痩せた。食欲はあり、日に3度食べているのに、胴回りが細り、体重が減ってゆく。ただし肌つやは好くて、快眠快便。筋力も落ちていなかったので、体が勝手に調整しているのだろうと思っていると、70キロ手前で下げ止まった。リバウンドはなく、肩こり腰痛からも解放されて、大いに助かっている。
「中年の本棚」(紀伊国屋書店 1870円)の荻原魚雷さんは4つ下の文筆家。妻はいるが、子供はいないとある。30代後半に体の不調、集中力の低下を覚えたのをきっかけに、中年に関する本を手に取るようになった。43歳で始めた連載の最終回を50歳の誕生日に書き上げたと「あとがき」にある。つまり加齢の実況報告が、魚雷さんらしい、ぎこちなくも洒脱な文章で、さまざまな本の紹介と共につづられている。お2人とも会ったことはないけれど、同時代に生きる同年配の活躍はとても嬉しい。私も新作の連載が「すばる」(集英社)誌上で始まります。