作家の頭の中をチラ見せ!文庫で読むエッセー本特集
「おしゃべりな銀座」銀座百点編
エッセーには、作家の日常の断片や、作品になる以前の作家の思考の種をチラリとのぞかせてくれる面白さがある。思わぬ拾い物があるのもエッセーのいいところだ。肩の力を抜いて、作家たちの語りに耳を傾けてみよう。
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「おしゃべりな銀座」銀座百点編
1955年に創刊された「銀座百点」は、創刊号から著名人が執筆し、向田邦子の「父の詫び状」などの名作が生まれたことで有名な日本初のタウン誌。本書は、そんな銀座百点に掲載された近年のエッセーの中から47編を収録したもの。朝吹真理子、岡田茉莉子、隈研吾、ジェーン・スーら、豪華執筆陣による銀座を巡るエッセーが楽しめる。
中でも異色なのが作曲家・植松伸夫のエッセーだ。植松は、まだスタッフも少なかったゲーム制作会社「スクウェア」に入社し、会社が銀座に移転したのを機に銀座と縁ができた。しかしその後会社の経営が傾き、ついに銀座から撤退した際に会社を解散する前の最後の作品として企画が通ったのが「ファイナルファンタジー」(最後の夢)だったという。ゲーム作品誕生の背景にあった物語に胸を打たれる。
(文藝春秋 825円)
「自由思考」中村文則著
「自由思考」中村文則著
心酔していた太宰治から距離をとることで理解が深まった経緯をつづったエッセー「作家の手紙」などが収録された、著者の初エッセー集の文庫版。日常でひっかかりを感じた瞬間をユーモラスに描いたエッセーから、ドストエフスキーや大江健三郎らの作家論、3.11や戦争、政治への提言など、著者22年のさまざまな自由な思考がたっぷり詰まっている。
「ロシアとウクライナの戦争と、日本の未来」など文庫版オリジナルの作品も掲載。同題では、日本の報道が米国内よりもはるかに米国寄りの報道をしていて、エネルギー利権が絡んだ背景が語られていないことのもどかしさに言及。近年自国の軍を使わず他国の軍で戦争をする傾向がある米国にけしかけられて開戦に誘導されかねない報道戦略への憂慮を述べている。
(河出書房新社 836円)
「神戸、書いてどうなるのか」安田謙一著
「神戸、書いてどうなるのか」安田謙一著
神戸生まれで、現在も神戸で暮らす著者が、絶対にガイドブックには載らない神戸の暮らしについて書き留めた108のエッセー集。長年神戸の街で食べて、歩いて、そこで出合ったさまざまな文化に触発されてきた著者ならではのニッチな視点から、気取らない神戸の素顔が見えてくる。
たとえば、「港町の若草物語」というエッセーでは、神戸の喫茶店の名前ベスト3として、七宮の「思いつき」と、中央卸売市場の「火の用心」、ミナエンタウンの「光線」を挙げている。
さらに「伸びろ! アーケード」では、水道筋商店街のアーケードを西に伸ばし大日商店街と春日野道商店街と大安亭市場までつなげれば三宮まで歩けると少年時代に夢想した話を紹介。
観光地巡りに飽きたら、こんなコアな情報をもとに神戸を眺めてみるのも悪くない。
(筑摩書房 968円)
「からだに従う」谷川俊太郎著
「からだに従う」谷川俊太郎著
翻訳家として中国語版「谷川俊太郎詩選」を出版し、日本語で書いた「石の記憶」で第60回H氏賞を受賞した田原(ティエン・ユアン)が選んだ、谷川俊太郎のベストエッセー集。既刊のエッセー集から厳選した45編の名エッセーが収録されている。
例えば「校歌は変る」のエッセーでは、たくさんの校歌の作詞をしてきた著者が、どのように作詞をしたかがつづられている。校歌の内容が子どもが理解できないほど激変した日本語の現状や、校歌が背負った国家の意志や時代の価値観などに言及しながら、無難な美辞麗句に逃避しがちな状況を指摘。学校嫌いだった著者は、学校ではなく子ども自身を歌い、空疎な理想ではなく現実の困難さを見つめる方向に解決策を求めた。
今や世界的詩人となった著者の足跡を、エッセーを通してたどることができる。
(集英社 792円)