嵐に燻り続けてきた“プロパーvs外様”メンバーの確執と暗闘
人気グループ「嵐」の活動休止は、詳しい経緯や原因は謎に包まれたままだ。リーダーの大野智(38)は会見で「一度何事にも縛られず、自由な生活がしてみたかった……」と漏らした。これで“なんとなく”分かった気もするが、ファンが知りたいのは、2017年6月16日から5人のメンバーがなぜ20カ月もかけて何を語り合ったのか、話し合いの“中身”についてだろう。松本潤(35)は「意見の食い違いはなかった!」と断言したが、だったら、なぜ調整に時間がかかったのか。誰しも疑問に思うところだろう。
どうやら、水面下では熾烈な“暗闘”が繰り広げられていたようだ。
関係者の話をまとめると、「嵐」というグループの原型は1997年に結成されたジャニーズJr内のユニット「ジャニーズJr Boys」に遡る。メンバーは松本潤、相葉雅紀(36)、生田斗真(34)、二宮和也(35)の4人。ジャニー喜多川社長の肝いりで結成されたユニットだったため、すぐに4人は舞台「Stand by Me」などの大きな仕事を任され、先輩の男闘呼組がヒットさせた楽曲「Midnight Train」を劇中で揃って歌った。そして、最終的にユニット名はそれぞれの頭文字を取った「MAIN」となるのだが、ジャニー氏の期待とは裏腹に、人気は伸び悩み、98年夏に事実上の解散となった。