著者のコラム一覧
荒木経惟写真家

1940年、東京生まれ。千葉大工学部卒。電通を経て、72年にフリーの写真家となる。国内外で多数の個展を開催。2008年、オーストリア政府から最高位の「科学・芸術勲章」を叙勲。写真集・著作は550冊以上。近著に傘寿記念の書籍「荒木経惟、写真に生きる。荒木経惟、写真に生きる。 (撮影・野村佐紀子)

<41>この写真は死に向かっている妻に会いに行く階段なんだ

公開日: 更新日:

 オレの花の始まりは、実家があった三ノ輪(台東区)の浄閑寺の墓場で撮った「彼岸花」なんだ。それとね、こぶしの花なんだよ。

 陽子が入院していた病院から容態が急変したと電話があって、急いで駆けつけて行ったんだけど、いつも行く近道の階段の前の角に花屋があるの。いつも花を買ってた花屋なんだ。そこで、まだ蕾のこぶしの花を買って、その近道の階段を上がるときにオレの影を写したんだ。そんな冷静なわけじゃないんだけどね。だから、この写真は死に向かっている妻に会いに行く階段なんだ。まだ蕾のこぶしの花の影も写ってる。それから何時間か後に妻は死ぬんだけど、死んだときに、このこぶしの蕾がパッと咲いたんだよ。そのあたりから、オレの花を撮るということが本当に始まったんだ(陽子は1990年1月27日に子宮肉腫のため42歳で他界した)。

いつも花を持って行った

 陽子は花が好きでね、いちばん好きな花はミモザ。「私、カフェでもやろうかしら」って言ったことがあるんだよ。カフェの名前は「ミモザ館にしようかしら」なんてさぁ。それくらい好きでね。入院している陽子のところに行くときには、いつも花を持って行ったんだよ。






「彼は私の右手をギュッと握りしめる」

(「夫はこんな私を慰める為に、いつも大ぶりなイキイキした花束を抱えてやってきた。一抱えもあるような背の高いヒマワリは見事だった。夫の去った後、鮮やかな黄色の炎のようなヒマワリを見ていると、確かにそこには夫の姿やぬくもりや匂いが感じられ、私はいつまでも見つめ続けていた。人の思いというのは存在する、本当に存在して、疲れた者の体と心をいやしてくれるんだ、と私はこの時いやというほど感じ入った。涙がポロポロ流れだしてなかなか止まらなかった。(略)1時ちょっと過ぎになると、それじゃソロソロ帰るかな、と彼は帰り支度を始める。また明日も来てあげるから、と言いながら彼は私の右手をギュッと握りしめる。それは握手というより、夫の生命力を伝えてもらっているような感じで、私はいつも胸がいっぱいになった。彼の手は大きくて暖かく、治療に疲れて無気力に傾きそうになる私の心を揺さぶってくれた。その時の私にとって、彼の手の温かさこそが生の拠りどころだったのではないか、と今しみじみ憶い出す」荒木陽子<ヒマワリのぬくもり>「東京日和」1993年刊より)

(構成=内田真由美) 
 

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 芸能のアクセスランキング

  1. 1

    朝ドラ「あんぱん」教官役の瀧内公美には脱ぎまくった過去…今クールドラマ出演者たちのプチ情報

  2. 2

    松本潤、櫻井翔、相葉雅紀が7月期ドラマに揃って登場「嵐」解散ライブの勢い借りて視聴率上積みへ

  3. 3

    永野芽郁&田中圭の“不倫LINE”はどこから流出したか? サイバーセキュリティーの専門家が分析

  4. 4

    低迷する「べらぼう」は大河歴代ワースト圏内…日曜劇場「キャスター」失速でも数字が伸びないワケ

  5. 5

    遠山景織子 元光GENJI山本淳一との入籍・出産騒動と破局

  1. 6

    キンプリが「ディズニー公認の王子様」に大抜擢…分裂後も好調の理由は“完璧なシロ”だから 

  2. 7

    河合優実「あんぱん」でも“主役食い”!《リアル北島マヤ》《令和の山口百恵》が朝ドラヒロインになる日

  3. 8

    TBSのGP帯連ドラ「キャスター」永野芽郁と「イグナイト」三山凌輝に“同時スキャンダル”の余波

  4. 9

    永野芽郁&田中圭「終わりなき不倫騒動」で小栗旬社長の限界も露呈…自ら女性スキャンダルの過去

  5. 10

    反撃の中居正広氏に「まずやるべきこと」を指摘し共感呼ぶ…発信者の鈴木エイト氏に聞いた

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    天皇一家の生活費360万円を窃盗! 懲戒免職された25歳の侍従職は何者なのか

  2. 2

    永野芽郁は映画「かくかくしかじか」に続きNHK大河「豊臣兄弟!」に強行出演へ

  3. 3

    永野芽郁&田中圭の“不倫LINE”はどこから流出したか? サイバーセキュリティーの専門家が分析

  4. 4

    気持ち悪ッ!大阪・関西万博の大屋根リングに虫が大量発生…日刊ゲンダイカメラマンも「肌にまとわりつく」と目撃証言

  5. 5

    オリオールズ菅野智之 トレードでドジャースorカブス入りに現実味…日本人投手欠く両球団が争奪戦へ

  1. 6

    阿部巨人が企む「トレードもう一丁!」…パ野手の候補は6人、多少問題児でも厭わず

  2. 7

    乃木坂46では癒やし系…五百城茉央の魅力は、切れ味と温かさ共存していること

  3. 8

    初日から無傷の6連勝!伯桜鵬の実力を底上げした「宮城野部屋閉鎖」の恩恵

  4. 9

    新潟県十日町市の“限界集落”に移住したドイツ人建築デザイナーが起こした奇跡

  5. 10

    トランプ大統領“暗殺”に動き出すのか…米FBI元長官「呼びかけ」の波紋