<81>前触れなく右目が死んで…開いた個展のタイトルは「左眼ノ恋」
朝、ヒゲを剃っているときに突然、パッと見えなくなったんだよ。痛くもなんともないのに。突如ね。徐々になっていくっていうんじゃなくて、朝、ヒゲを剃ってたら、「あれ?ヘンだな」ってね。パサって幕が落ちたみたいに見えないんだよ。そういうことって知らないじゃない。だから、すぐ元に戻ると思って、撮影に行こうとしたんだよ。
■目に血栓が飛んだ
見えなくなったのは、血管なんだって。目の脳溢血つうか、目に血栓が飛んじゃったんだって。1時間以内らしいんだよ、回復できるのはさ。1時間じゃなぁ。家でヒゲ剃ってるときに、パッと見なくなっただろ。近くに眼科があったから行ったら、こりゃ大変だってことになって、ここから一番近い病院を探すってなったんだよ。こっちはわからないからさ、そんなのすぐに元に戻ると思ってさ、撮影に行こうとしたらダメだって言うんだよ。そうしたらさ、もうそれだけで、時間が経ってんだよ。
「心臓や脳だったら大変だった」と慰められたが
病院に行ったらさ、女医がすっ飛んできて、これは循環器系だって。でさ、ヘンな慰めかただけど、心筋梗塞にならなくてよかったって言うんだよ。血栓が飛ぶのが、心臓か脳だったら大変だったってね。どちらも嫌だけどさぁ。(荒木は2013年10月、右眼網膜中心動脈閉塞症により右目の視力を失った)。
右目が死んだんだよ。オレの写真家としての利き目は、ずっと右目だったわけ。で、ある朝、パッといきなりきたわけだよ、なんの前触れもなくね。オレの場合、だれか身近なやつが死ぬと、そこからものすごいイメージが湧いてくるんだよ。で、今度は右目だったんだ。
それで、やった個展が「左眼ノ恋(さがんのこい)」。ダジャレなんだよ。これからは左目か、そうすると『セーヌ左岸の恋』だなって。オレが二十歳の頃に好きだった(エド・ヴァン・デル・)エルスケンの写真集だよ。じゃあオマージュしようってね。写真の右半分を真っ黒に塗り潰したんだ。(撮影したポジフィルムの右部分を黒マジックで塗りつぶし、そのポジから写真をプリント)。カスれたりしてるのもいいんだよ。マジックでやるとカスれ具合が、またいいんだよね。
(構成=内田真由美)