伊集院光の「至言」リスナーの困惑を真っすぐ肯定、スマホの向こうに後光が見えた
獅子奮迅の働きぶりには、師への敬愛の情、ラジオへの思い入れ、加えて噺家魂とでも呼ぶべき情熱を感じずにはいられない。とくに円楽さんが逝去してからのトークには、ミニマリズムの美がある。尊い何かに触れる思いでぼくは同番組に耳を傾けている。
表現の極みに達したのは今月13日。いつものようにリスナーのおたより紹介で番組は始まった。円楽の死にショックを受けてるときに娘の妊娠を知り、「悲しいこととうれしいことが一気にやって来ました。人生って不思議。無事に産まれたら会うたびに円楽さんのことも思い出しちゃいそう。変な報告ですみません」と困惑まじりで喜びを伝えるリスナー。
伊集院光はどう応じたか。以下書き起こしてみる。
「おめでとうございます! 僕もそうなんですよ。知り合いの女の子から、ちょうど師匠の訃報を聞いてすぐぐらいのときに『じつは妊娠しました』というメールをいただいて」と、まずは心優しきリスナーの立場に寄り添った彼は、続いて故人の言葉を引用する。
「師匠によく言われてたことで、落語はね、一発ギャグとかと違って『おもしろくて、かなしくて』とか『こわくて、くさくて、まぬけで』とか、いろんな感情が押し寄せる話をしてもいいんだって」