音無美紀子さん 親子旅の企画で2回も共演「赤木のママ」は芸能界の一番の恩人
楽屋に「昨日の残り物だけど」とお弁当を
ママは本当にやさしくてドラマの収録にも「昨日の残り物だけど、食べる?」とお弁当を持ってきてくれる。
私だけでなく、みんな「ママ」と呼んでました。山岡久乃さんは山岡の母さん、森光子さんは森のお母さんだったかな、そして赤木春恵さんは赤木のママでした。
誰に対しても分け隔てなく「いらっしゃい、いらっしゃい」と楽屋に呼んでやさしく接してました。
女優としてももちろん尊敬しています。
このセリフは言えないとかこれは演れないとか一切言わず、例えば橋田寿賀子先生が書かれた脚本を自分の中にしっかり入れ込んでお芝居をされるので、演出家の要求に完璧に応えられる役作りなんです。私なんか「こんな役できない」ってすぐ文句言っちゃうけど(笑)。
愚痴も人の悪口も絶対おっしゃらず、つねに明るく、謙虚でいらっしゃる。赤木のママと出会えたことは私の人生に大きな影響がありました。「女優としても人間としてもこうでなくちゃいけない」と。
写真は2003年の「旅の香り」という番組の親子旅企画の時。本当の親子ではないですが、ママとは2回くらい出させていただき、もう本当の親子のようにご飯を食べて、旅館で夜遅くまでおしゃべりしてました。
仕事やプライベートで相談にのってもらった時は的確にアドバイスをくれますが、最後には「何をくよくよしてるのよ。人生は1度きりしかないんだから、山あり谷ありの方がうれしいじゃない!」と元気づけてくれる。
「楽しいことや苦しいことがあるから楽しいのよ!」と言ってもらえると、「なんでこんなことでくよくよしているんだろう」と思えるんです。
88歳で初めて主役を務めて、ママがギネスに認定された映画「ぺコロスの母に会いに行く」では主演女優賞をお取りになった。
■90歳の誕生パーティーではサプライズの仕掛け
それで90歳のお誕生日にはサプライズを仕掛けました。
事務所の方たちに「ご飯食べましょう」と誘われて出向いたパーティー会場には200人のそうそうたる俳優や関係者が集まっていました。ママは会場に入るなりポカーンと口を開けてましたけど(笑)。
親しくさせてもらい、力になってもらった赤木のママは芸能界での一番の恩人でした。
(聞き手=松野大介)
▽音無美紀子(おとなし・みきこ) 本名・村井美紀子。1949年12月東京都出身。66年女優デビュー、数々の映画・ドラマに出演。75年に俳優の村井國夫と結婚。長女の村井麻友美は女優として活動。