著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

都知事選は現職負けなし13連勝。記録をさらに更新しましたって、本塁打トップのオータニさんかよ。

公開日: 更新日:

 小池百合子候補の圧勝という大方の予想通りの結果が出た東京都知事選だが、選挙戦ではいくつかの注目すべき動きがあった。紙面の許すかぎり記したい。

 まず、告示前からあれほどネットをにぎわせた小池候補の学歴詐称疑惑。しかも初めてじゃない。政治家になるために学歴は不要だが、詐称するマインドの主は首長にふさわしくないとぼくは思う。でも今回もそれが「不信任」の理由にはならなかった。先月ジュネーブで行われた国連人権理の「ビジネスと人権」部会報告では、ジャニーズ性加害問題が放置されてきた理由として日本特有の「文化」が指摘されたが、これもその理屈で説明できる。ずばり「不処罰の文化(culture of impunity)」。こなれた日本語にするなら「なあなあで済ませる」ですかね。

 告示日の日刊ゲンダイでぼくは「まだマシな人」と思える人に票を投じるのが首長選挙の本質だと記した。そのうえで、東京都の喫緊の課題は首長交代、そして「弱者に寄り添うこと」「弱者を生み出さないこと」だと考える自分は、蓮舫候補を選ぶと早い段階で決めた。

 選挙期間中は現職の優勢は圧倒的であることを何度も体感させられた。組織票だからズルい、とは小池候補以外の陣営から何度となく聞いた不満だが、それを言うなら蓮舫候補だって立憲民主と共産の組織票が頼みの綱であり、連合が組織票を差し出さないことに憤る支持者も多かったではないか。組織票を恨んだり、ましてやそんな有権者を軽蔑するなどあってはならないことだ。組織票の一票一票も間違いなく民意なのだ。それを認めないのは、旅慣れた人が「旅は個人旅行にかぎる」とパック旅行の利用者にマウントを取ろうとしているようで醜悪このうえない。旅は旅。一票は一票。綺麗事とお叱りを受けることを承知で言うが、この点を見誤るといつまでも勝てませんよね。

■〈ひとり街宣〉は未来につながる光

 未来につながる光もあった。蓮舫候補支持者のあいだで盛りあがった〈ひとり街宣〉のことです。必要なものは紙切れ1枚。それだけ。「革命の武器」というにはあまりに安全で平和で安価で軽量。「民主主義のツール」という表現こそふさわしい。

 あとは路上に立つ勇気。不要なものは羞恥心。何度か街中で見かけたけれど、その軽やかさはぼくの目にたいへん好ましく映った。united individuals、日本語に訳せば「連帯する個人」だろうか。

 あくまでひとりひとりの自発的で、自主的で、自律的な行動。それらがあるときは緩やかに、またあるときは緊密に結びついて、そのコミュニティを、そして本人を活性化する。民主主義そのものではないか。

 民主主義といえば「デジタル民主主義」の実現を掲げ、得票第5位となったのが安野貴博候補。寡聞にして選挙前は知らなかったけど、選挙戦後半、彼への興味が日に日に増していく自分がいた。人工知能(AI)エンジニア、起業家、SF作家(星新一賞優秀賞)という3つのキャリアの結晶といえる政策マニフェストは圧巻。ホームページで読むことができるので今からでも目を通してほしい。ただ本資料は130ページ、まとめ版でも29ページあるからなぁ。短期決戦の都知事選、しかも初戦では不利っちゃ不利でした。

 彼には超強力な援軍がいて。それはパートナーの安野里奈さん。ぼくが見たかぎりでは、彼女の演説にはどんな応援弁士、いやどんな候補者よりも東京の明るい未来をイメージさせてくれるチカラがある。うん、マニフェストを読む前に彼女のスピーチ動画を先にYouTubeで見るのがいいだろうな。結婚パーティーの新婦友人代表みたいな多幸感に満ちた佇まいにまずほっこりしてしまうが、そこから放たれる言葉のチカラよ。剛腕です彼女。夫婦ともに「対決より解決」というハッピーな姿勢を貫いているのもいい。このふたりの今後の動向からは目が離せません。

■都道府県知事は最長2期8年が限界では?

 ともあれ、これで都知事選は現職負けなしの13連勝。記録をさらに更新しましたって、本塁打数トップのオータニさんかよ。ここまで来ると、過去に一度も罷免された例がない最高裁判所裁判官国民審査に似た印象さえある。少なくとも都道府県知事に関していえば、腐敗を防ぐためにも、時代の変化にきめ細かく対応するためにも、最長2期8年が限界じゃないかとぼくは思うんだけどなあ。

 さて、旋風とも現象とも評される第2位の石丸伸二候補についても何か言わねばなるまい。実際、開票結果が出てからというもの、小池知事よりも彼についての意見を求められることが多い。約166万という得票数は、95年に青島幸男(170万)が、99年に初めて石原慎太郎(166万)が当選した時とほぼ同じ。それからの有権者数増加を考慮してもなお、都知事選において十分な実効性のある数字だ。伏兵が大健闘したね? なんて上から目線で呑気におもしろがってる場合じゃないって。

 小池都政の過去8年間に大きな失望をおぼえ、今後にも希望を抱くことができずにいるぼくだがひとつだけ女帝に感謝したいことがある。それは石丸候補の当選を阻んでくれたこと! ま、同時にご自身も退場してくださればもっと感謝したんですけど。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動