著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

三島由紀夫賞を受賞した大田ステファニー歓人さんのスピーチが胸を強く揺さぶった。

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♪恋人よ、これが私の一週間の仕事です。テュリャテュリャテュリャリャ♪

◆木曜(6月20日) 都知事選告示日にして本コラム掲載日。テーマは昨日の有力4候補による共同記者会見。トップ交代を本気で望むなら蓮舫さん一択、話はそれからでしょう。夕方、帝国劇場へ。訳詞を提供した『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』シーズン2初日。主演コンビは4通りの組み合わせ。つまりこちらも4候補というわけ。それぞれに違う持ち味があれど、歌の安定力なら今夜の平原綾香×井上芳雄コンビが随一かな。隣席にはお久しぶりのジェーン・スーさん。彼女がレコード会社スタッフだった頃からの付き合いだから、もうかれこれ四半世紀か。

◆金曜(21日) 某新聞の新連載打ち合わせ。行きしな、忘れものに気づいて仕事場に引き返すこと2回。大遅刻。申し訳ないやら不甲斐ないやら。続いて『婦人画報』の取材。最近読んだ3冊の本について。ライターの和田紀子さんとは、1998年にぼくが関わった小泉今日子さんのアルバム『KYO→』のレコーディング中にスタジオでご挨拶して以来の再会。〈想い出預金〉が満期を迎えたようなご褒美感があるなぁ。夕方、ホテルオークラで三島・山本・川端賞の授与式。デビュー作『みどりいせき』で三島由紀夫賞を受賞した大田ステファニー歓人さんのスピーチが胸をつよく揺さぶった。5月に三島賞を受賞した数日後、愛妻のかおりんさんがめでたく第一子を出産したと聞けば、まさにいま人生を絶賛謳歌中とばかり思ってしまうが、大田さんはこう語るのだ。「首座んない息子の頭支えてるときとか、ガザのことが頭をよぎるっす。頭吹き飛ばされた赤ちゃんの写真とか、食料が手に入んなくなっちゃって、お母さんも死んでて、ガリガリになってる乳児の写真とかずっと頭にあるなかで、妻と協力しあってる毎日がヘトヘトで。大作家とかなれるのかな、みたいな。だから、もしかしたら、みなさんとはこれでサヨナラかもしれないっす」野暮を承知でいえば「サヨナラ」は自己韜晦、あるいは杞憂だろう。自分が幸せの絶頂にあるにも拘わらず、いやそれゆえに遠き地の無辜の民に心を寄せる感性は、それだけで小説を書きつづける理由たり得るはずだ。作品にも自身の佇まいにもヒップホップからの強い影響を感じさせる大田さんの受賞の辞を、ぼくはあるデジャヴ感とともに聴いた。その正体とは、ロス暴動の余波が生々しく残る1992年夏、米国シカゴの大学で聴講したチャック・D(パブリック・エナミー)のスピーチだった。式後のパーティーでは、角田光代さん、三浦しをんさんという自分が気を許すおふたりをはじめ、多くの作家の方がたと歓談。同郷の佐藤究さん、古川真人さんと初めてお話しできたのはとくに嬉しかったな。ぼくより20歳も若い古川さんと、地元のレコード屋の話で盛り上がれるなんて。その後は河岸を変えて、中森明夫さん、川上未映子さんとディープな話。ぼくのなかで川上さんの存在が俄然大きくなったのは、2017年に彼女が責任編集を務めた『早稲田文学増刊・女性号』を手にしてから。長い夜の最後は、中森さんに半ば拉致されるように荒木町へ。田中慎弥さん、小野一光さん、あふれる言葉たち。

◆日曜(23日) 沖縄慰霊の日。ぼくが英国発信の音楽オーディション番組『Xファクター』日本版の審査員として、司会のジョン・カビラさん、渡辺直美さんらと沖縄に通い続けたのは2013年から翌14年3月にかけて。沖縄県名護市辺野古の新基地建設に反対する市民が米軍キャンプ・シュワブゲート前で抗議の座り込みを始めたのは、番組終了後の7月。この座り込み抗議は8年も続いたころに全国的に物議を醸すことになる。もちろん、22年10月のひろゆき氏の心ないツイッター投稿がきっかけである。

◆月曜(24日) 月曜の朝はオンラインで生出演している福岡RKBラジオ「田畑竜介グローアップ」から始まる。この日のテーマは2つ。本日71歳の誕生日を迎えた作詞家の康珍化さんの話と、日本版DBS法への期待および問題点。夜、近田春夫さんに「友だちを紹介したいからゴハン食べない?」と誘われて中目黒へ。友だちとはラッパーのダースレイダーさん。時事芸人のプチ鹿島さんとのコンビで監督・主演を務めた23年の選挙ロードムービー『劇場版 センキョナンデス』でもよく知られる。その続編『シン・ちむどんどん』では、まさに新基地建設問題が大きな争点となった22年の沖縄県知事選を追っていた。近田さん、ぼく、ダースは50.60.70年代生まれ。ジェームズ・ブラウンのバンドサウンドの変遷から都知事選の行方まで縦横無尽に語りあった。3世代の音楽人で一緒に発信していけることがあるかもしれないな。まずは普通に政治のこと話そうよ。

◆火曜(25日) 朝のネットニュースで、ギター好きで知られるブリンケン長官肝入りの音楽外交の強化策として、米国務省とYouTubeの提携を知る。そして、ライブ等を通じて平和や民主主義など米国が重視する価値観を広める〈グローバル音楽大使〉の初代にチャック・Dが選ばれたとも。へぇー。こんな未来が待っていたとはね! ポップミュージックと政治の幸せな関係をさぐるための実例がまたひとつ増えたようだ。朝のニュースにはもうひとつ気になる音楽ネタが。来月末開催のフジロックフェスに沖縄県の玉城デニー知事が2回目の出演決定、津田大介さんと「民主主義と自治」について語るという。前回出演してトークと演奏を披露したのはコロナ禍前の19年だった。夕方、また新たな沖縄のニュースが飛び込んでくる。在沖縄米軍の25歳兵長が16歳未満の少女への不同意性交罪で3月に起訴された、だが県が今日照会するまでは外務省はこのことを伝えてこなかった。デニー知事は外務省への不快感を示しているとのこと。当然だ。今月16日に投開票が行われたばかりの沖縄県議選と無関係と考えるのは、さすがに不自然だろう。コザ暴動から54年、沖縄返還から52年。この国は前に進んでいるか。螺旋階段の昇り降りを延々くり返しながら「前進した」と強弁しているだけではないか。

◆水曜(26日) ダースレイダー監督作品のプロデューサーでもある大島新監督と先月飲んだとき、最近のお気に入り新作映画として教えてくれたのが『マミー』(8月3日公開)。その試写を渋谷で。和歌山カレー事件を追った二村真弘監督の第1回劇場作品。〈平成の毒婦〉こと林眞須美死刑囚はなぜ今も獄中から無実を訴え続けるのか。二村監督の〈端整な狂気〉に引き込まれ、気づけばあっという間の119分。デビュー作にして傑作と呼べるのではないか。大島監督が嫉妬を覚えたと語るのもむべなるかな。

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