鳥山明氏の命奪った「急性硬膜下血腫」…血液サラサラ薬服用者は、ちょっとしたケガでも発症リスクが
今月8日午後1時過ぎに流れたマンガ家鳥山明氏(享年68)の訃報に触れた人は、耳を疑っただろう。その4日前には、読み切り作品「SAND LAND」プロジェクト発表会が行われて、本人のコメントが伝えられていたからだ。訃報を公表した「週刊少年ジャンプ」によれば、1日に急性硬膜下血腫で亡くなっていたという。
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「熱心に取り掛かっていた仕事もたくさんあり、まだまだ成し遂げたいこともあったはずで、残念でなりません」
公式サイトのこの一文からは、鳥山氏の死があまりにも突然だったことが見て取れるだろう。さらに読むと、こんな一節が目に留まる。
「なお、葬儀は近親者のみにて執り行いました。静謐を望む本人の意向により……」
鳥山氏が望む「静謐」と同時にいま取り組んでいる仕事、すなわち「SAND LAND」プロジェクトを、遺族や関係者が大切に思い、葬儀とプロジェクトの公式発表を終えて発表する段取りになったのかもしれない。
実はこの経過にこそ、世界的なマンガ家の命を奪った急性硬膜下血腫を読み解くヒントが隠されているという。どういうことなのか。
■教科書的には交通事故や転落など強い衝撃で
一般的な急性硬膜下血腫について、東京都健康長寿医療センターの元副院長で、「東都クリニック」循環器内科の桑島巌氏に聞いた。
まず、急性硬膜下血腫はどんな病気か。
「脳は、硬膜という膜で覆われていて、その外側を包んでいるのが頭蓋骨です。事故やスポーツなどによる強い外傷で脳が傷つくと、脳の表面から出血が起こることがあります。出血がひどく、急速にたまった血の塊で脳を圧迫する病気が、急性硬膜下血腫です。すぐに失神したり、半身麻痺になったりして、片目の瞳孔が開くなど重症が多くなります。すぐに手術で血腫を取り除かないと、脳のダメージが残り、命が危ないのです」
脳の表面からの出血というと、脳の組織から血液がじわっとしみ出るような状況をイメージするかもしれない。が、その程度では済まないことが少なくないという。
「医学生が学ぶ教科書的には、急性硬膜下血腫を起こすような外傷は、ものすごく強い力によるケースです。そうすると、脳の組織が崩れることがあります。それが脳挫傷で、強い外力のときは、直接の外傷部位直下のほかに反対側も脳挫傷になりやすく、急性硬膜下血腫では重い脳挫傷を併発しやすいのです」
「ものすごく強い力」とは、たとえば交通事故で車と衝突して車や地面に頭を打ちつけたり、建物から誤って落下して頭を打ったり。あるいは、格闘技をはじめとする激しいスポーツでマットなどに頭から投げ落とされたりといった具合だ。一般の生活シーンで典型的なのは、階段を踏み外すケースがあるという。
たまたまつまずいたところに石壁や大きな岩など硬いものがあれば、ちょっとした転倒でもかなり強い力を受けるが、いい大人が岩の前で転ぶのはかなりレア。要は、日常的な転倒を楽に超える外力が加わるような外傷が、主な急性硬膜下血腫の原因だという。
脳がそれだけ大きな力を受ければ、深刻な事態だろう。それなのに、場合によっては、「すぐに救急車を」とはならないこともあるそうだ。
「強い外力による急性硬膜下血腫が脳挫傷を伴いやすいのはその通りですが、脳挫傷は外傷を受けてからかなり時間が経過してから明らかになることが珍しくありません。それで血腫は、少しずつ大きくなるため、事故直後は周りの人とふつうにやりとりができたのに、何時間か経ってからふらふらしたり、気分が悪くなったりすることがある。“ふらふら”や“何となく気分が悪い”くらいの症状では、衝撃の強さに比べて症状が軽いため、放置する方もいるでしょう。それで放置してさらに時間が経過すると、脳が腫れます。その腫れによって脳幹という生命維持に関わる中枢が損傷されると、命に関わるのです。一般の方にとっては、急性硬膜下血腫の『急性』の言葉のイメージと、全体の病気の進行がリンクしにくいこともあります。その点、事故直後に意識がない場合よりも、意識がある方が厄介です」
つまり、亡くなるまでに意識があることもあって、そうすると、事故に遭った人は家族などとやりとりできる時間をもてる。その後の経過で年齢や症状の進行、その度合いによっては、「万が一のときは……」といったことが話し合われてもおかしくないだろう。