1997年開幕直前 近藤昭仁さんから突然“引退勧告”を受けた
ただ、晩年は一軍を外れている間に、若手の諸積兼司にセンターのポジションを奪われた。休んでいる間に代わりの選手が活躍すれば、すぐに取って代わられるのがプロの世界だと思ってやってきた。
そんな中、近藤さんは若手中心のチームづくりを進める上で、コーチとして若手を育てて欲しいと言ってくれた。いずれは、プロ入りからお世話になってきたロッテで指導者になりたいと思っていた。ここが踏ん切りをつけるタイミングだと考えた。
こうして私は開幕以降、ファームへ行き、コーチとしての仕事に専念した。
97年10月12日のシーズン最終戦では引退試合を用意してもらった。指導者として新たな野球人生のスタートを切るきっかけをつくってくれた近藤さんとは、横浜監督時代(93~95年)から不思議と縁があった。 =つづく