「特別に」と特権意識をくすぐられたらご用心
「英語で読む宮沢賢治短編集」
今年から中学1年の英語の一部の教科書に「注文の多い料理店」が採用されている。その影響か、賢治の童話の英訳が日英対訳で出た。平易な英語で、付属のCDも聞き取りやすく、語学学習にはもってこいだが、意外なのは土着的なイメージのある賢治の童話が、英語と違和感なく調和することだ。収録作品は人気童話ばかりで、特に「注文の多い料理店」は、小学校の教科書で読んだ人も多いだろう。
2人の若い紳士が、イギリス風の服装と猟銃に身を固め、山奥に狩猟にやってきたが、成果はなく、空腹から帰ろうとしたとき「西洋料理店」と看板の出ている西洋造りの家を見つける。
扉に「当軒は注文の多い料理店」とあるのを見て、2人は「はやってる」と思うが、扉を開けるごとに次々に扉が現れ、変な注意書きがある。それに従って奥へ奥へと入っていくが、ついに「注文というのは、向こうがこっちへ注文してる」のであり、「西洋料理店」とは「来た人を西洋料理にして、食べてやる家」だということに気づき、2人は恐怖する――。
この「注文」の意味の逆転は有名だが、実は他の扉の文句にも怖い仕掛けが隠れている。
「日英対訳」では日本語が意訳されているためわかりにくいが、例えば「どうぞお入りください。ご自由に取ってお食べください」とあるのは、賢治の原文では、「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」だ。これを2人の紳士は「ただでごちそうする」、つまり「ご遠慮はいりません」の意味にとるのだが、しかしよく読むと「ご遠慮はありません」なのだから、敬語を除けば「遠慮はない」→「遠慮はしない」という怖い意味が潜んでいるのだ。
同様にどの扉の文句もよく読めば嘘は書かれておらず、勝手に2人が誤読して、わなにはまっていく。それは2人が金持ちで、当時、庶民には手の出なかった西洋料理を食べる資格があるという特権意識があるからだ。これは悪徳商法の手口に似ている。
人は自分だけ損をすれば文句を言うが、自分だけ得をしてもなぜか誰も文句を言わない。「特別に」と特権意識をくすぐられたらご用心。いま一度、注意書きに目を通すべし。(IBCパブリッシング 2000円+税)