「息子たちよ」北上次郎氏

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 毎週「5時間の父親」だった――。

 平日は仕事で雑誌社に泊まり込み、週末は競馬の取材に出かけ、日曜の夕方に帰宅する。2人の息子と顔を合わせるのは夜7時から12時まで。20年間そうした生活を続けた著者が、家族と本を巡る“書評エッセー”をつづった。父は家に帰らずとも、いつも家族のことを考えていたのだ。

「だったら帰れよっ、てね(笑い)。好き勝手やってきたから、息子たちが僕を顧みなくなっても仕方がない。ただ、息子たちを思いながら書いたものを本の形で残しておけば、いつかどこかで読んでくれるかもしれないと思ったんです」

 息子たちの誕生から、幼少期、受験、就職、そして結婚まで、本書はそんな家族の歴史を、スポーツ小説「一瞬の風になれ」(佐藤多佳子)、お仕事小説「書店ガール」(碧野圭)、傑作ミステリー「二流小説家」(デイヴィッド・ゴードン)など、さまざまな小説の登場人物や名場面とともに振り返る。

「父親の自覚がない」と言う割に、著者はいつも息子たちの心配をしている。そして、息子たちは父の帰りを待っている。年1回の家族旅行に、折々の外食。北上家は仲がいいのだ。

「カミさんのおかげです。2人の息子は反抗期が一度もなかった。どうしてかなと考えると、子供ってゲームとか玩具とか、欲しいものがたくさんありますよね。でもカミさんは買ってあげずに、お父さんを待ちなさい、って言っていた。だから、息子たちが僕の帰りを待っていたのは、父親に会いたいからというより、買ってもらいたいから。スポンサーを待っていたんです(笑い)。僕も後ろめたいところがあるし、息子たちが飛びついてくるとうれしいから、買ってあげちゃいますよね」

 大学卒業後、ロンドンに留学する長男。大学3年で学校をやめ、受験し直した次男。若者たちの紆余曲折を、父は右往左往しながらも見守り、心の中で応援している。

「僕は家庭人として何もしていないから、主張しちゃいけないと思ってね。これはダメとか、こうやって生きろとか、そういうことは絶対に言いませんでした」

 それでも本書を通じて伝わってくるメッセージがある。それは〈いま着ている服を好きになること〉。夢が実現できなくても人生が終わるわけではない。そこから人生が始まるんだと、大学卒業後、数年間で7、8社勤めては辞めた著者が、そっと読者の背中を押す。

「4つ違いの息子たちは非常に仲がいいのですが、一方で、下の子は兄貴にライバル心もあるんです。当時は兄がバリバリ働いていて、次男が就職活動をしている時だったから、彼がもし好きな仕事に就けなかったとしても、うつむかないでほしいなと。これは僕自身が教えてもらいたかったことでもあるんです。若い頃、僕は迷い、焦っていた。でも気に入った服を探すのもいいけれど、いま着ている服を好きになって、自由に着こなすことも大事だと、わかったんですね」

 本書のラスト、長男の結婚を知った著者は、乙川優三郎の「脊梁山脈」を思い出し、主人公の奇妙な“縁”に思いを巡らせる。結婚は胸の弾みでするものだと。だから人生は面白いのだと。

「僕はこうやって本を読んできたけれど、息子たちに本を勧めないと決めていた。親父がそうだったからです。家には本があふれていましたが、読めと言われたことはない。本を読んだからといって、幸せな人生が待っているわけでもありませんしね。この本は息子たちに送りましたが、感想は聞いてません。恥ずかしいから」

 (早川書房 1700円+税)

▽きたかみ・じろう 文芸評論家、エッセイスト。1946年、東京生まれ。明治大学文学部卒。76年、椎名誠らと「本の雑誌」を創刊。2000年12月まで発行人。著書に「冒険小説論」(日本推理作家協会賞)、「勝手に! 文庫解説」「書評稼業四十年」など多数。エッセイスト・目黒考二、競馬評論家・藤代三郎名義でも活躍。

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