「時間の解体新書」田中さをり著

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 20世紀初頭、イギリスの哲学者ジョン・マクタガートは「時間の非実在性」という論文で、時間が実在しないことを論証した。時間が実在しないとは、一体どういうことなのか? 緻密な議論を乱暴にまとめると、時間を捉える最も基礎的なものは過去・現在・未来という変化であるが、その考え方自体に矛盾があり、ゆえに時間は実在しないということである。このマクタガートの時間論についてはさまざまな反論、批判がなされてきたが、いまだに決着はつかずに議論は続いている。

 本書は、このマクタガートの時間論を、ろう者(手話)と産む性の視点から考察するというユニークな試み。

 まずは西洋哲学における聴覚障害者の位置づけから考察していく。アリストテレスは聴覚を人の感覚器官のうち最重要視しており、従って聴覚障害は英知が劣るとした。こうした差別的視点は以後引き継がれていき、近代日本の聴覚障害者教育にも大きく影響していく。そこにナショナリズムが加わって、戦前の日本においては、「君が代」を斉唱するために手話教育より口話(口の形から言葉を読み取り、口の形をまねて言葉を発する)教育が優先するという歪みが生じたことを指摘する。

 国際的に手話が言語として明記されたのはようやく2006年で、いかに手話に関する世間の認識が遅れていたかが分かる。手話においては「鳥瞰(ちょうかん)視点空間」と「等身大視点空間」という2つの空間を区別して話すのだが、この視点からマクタガートの時間論を批判していく。

 また、出産には妊娠期間や分娩過程などの医学的レベルと、母子双方の体の内側から直撃するコントロール不可能な現象的レベルがあり、その2つが同時に進行していく。そして出産後には、かつて一体であった子供は別の存在として成長を遂げ、母親の方はやがて来る死と向き合うようになる。著者は、こうした産む性としての感覚も時間論に取り込んでいく。

 決して平易な内容ではないが多くの示唆に富んでいて、たまにはこうした硬いものを読んで頭を鍛えるのもいいのでは? <狸>

(明石書店 1980円)

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