石井妙子(作家)
2月×日 自宅で物を書くか資料や本を読むか、という誠に変化に乏しく、華やぎとは無縁の毎日を送っている。できれば旅に出たいのだが連日のコロナ報道を見ていると、それも憚られる。そうした中で上原善広著「四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼」(KADOKAWA 1980円)を手にした。本書でテーマとされているのは、旅。とはいえ、軽やかで楽しい観光の旅ではない。著者によれば、四国遍路する人たちを昔は「辺土」といったものらしい。野垂れ死ぬ覚悟の巡礼者を著者はこの「辺土」と、差別された人々の歴史とを絡めて掘り起こしていく。陰惨な話も多いが、辺土が「生」を支えるシステムでもあったという話には救いを感じた。この世に生きる居場所を失った人々にとって、四国遍路は最後のセイフティーネットになる。巡礼者を「接待」して守る文化が土地に息づいているからだ。しかし、こうした文化も土地の人々の高齢化、過疎化が進む中、いつまで続くことだろう。「地方創生」の掛け声を聞いて久しいが。
2月×日 気のせいだろうか。花粉症患者である私の眼には窓の外の景色が黄ばんで見える。外には出るまいと決めて葉真中顕の小説「そして、海の泡になる」(朝日新聞出版 1760円)を手に取った。漁村に生まれた貧しい少女が都会に出て料理屋の女将となり、天才相場師として名を成し、最後は巨額詐欺事件を起こす。主人公のモデルはバブル期に世を騒がせた実在の人物、尾上縫であろう。カネとは何か、果たして実態があるものなのか。IT革命が起こり、株や為替の売買はより身近なものになった。マネーゲームの狂騒は不況といわれる今も健在だ。だからこそ著者はこの令和の時代に本作を書きたいと思ったのだろう。カネに踊らされる人間の滑稽さと悲しみ。本作のヒロインは自分が儲けたかったというよりも、周りの人から喜ばれ、崇められることを求めただけなのではないか。読み終えて切ないものが残った。