「くそじじいとくそばばあの日本史」大塚ひかり氏
総人口の約3割が高齢者となった日本では、時折、老害だの暴走老人だのという悪態をつく声が聞こえてくる。あたかも長生きすることが悪いことかのように。
そんな風潮に「NO!」をたたきつけたのが本書である。同名の前作に続く第2弾で、長生きしたからこそ偉業を成し得た歴史上の人物が名を連ねる。
「書名の“くそじじい”と“くそばばあ”という言葉は、愚弄する言葉ではありません。したたかに生きた老人たちを礼賛した言葉としてあえて使いました。“くそ”は古くは古事記にも出てくる言葉です。色気も厳粛な気分もぶちこわす破壊力とそれ自体が肥やしとなり新たな生命を創造する力を“くそ”に見て、パワーあふれる褒め言葉として用いました」
そんな“くそじじい”の代表ともいえるのは徳川家康だ。豊臣秀吉の死後、関ケ原の戦いで勝利し権力を手にしたが、豊臣家を継いだ秀頼の圧倒的な存在感に危機感を持っていた。
「家康は1615年4月の大坂夏の陣で勝利し、豊臣家は滅亡しました。家康が亡くなったのは75歳、大坂の陣の翌年4月でしたから、まさにタッチの差。もし家康が先に亡くなっていれば15代250年以上続いた徳川幕府は生まれていなかったかもしれません。吾妻鏡など歴史書を愛読していた家康は、長寿が権力を握るパスポートであったことを分かっていたのだと思いますね。実際、自ら薬を調合したり、食事に気を使ったりしていました。健康に長生きすることは最高の政治戦略だったんです」
■家康があと1年早く死んでいたら、大坂の陣はなかった!?
長生きが歴史を逆転させた例といえば、室町時代の皇族、後崇光院伏見宮貞成もそうだ。
「貞成は不遇な人生で、なんと40歳で元服し結婚しました。しかし、周囲の皇位継承順位の高い皇族たちが若くして死んでいったため、期せずして自分の長男が天皇に即位し、さらに自分も76歳で上皇の尊号を受けています。尋常でない野心を抱き執着し願いをかなえました。そのエネルギーはあっぱれというしかありません」
全国を測量して歩き、実測による日本地図を初めて完成させた伊能忠敬は、婿入り先の家業を継いで働いていたが、隠居後の51歳のときに幕府の天文方に弟子入りし念願の天文暦学を学んだ。その後、56歳から測量を始め74歳で亡くなっているが、隠居する前に亡くなっていたら、日本地図の完成はずっと遅れていただろう。
本書には、他にも60歳後半から本格始動した陰陽師・安倍晴明や病苦ながら大業を成した藤原定家ら“くそじじい”だけでなく、ひょっとしたら90歳過ぎまで生きていたかもしれない卑弥呼や、没年91歳の源頼朝の乳母・寒河尼(寒川尼)ら“くそばばあ”の痛快なエピソードも紹介されている。また終活についても触れており、人生のエンディングが近づいたとき、心の持ち方をどうするかのヒントになりそうだ。
「たとえば徳川将軍に仕えた大久保彦左衛門は、門外不出とされた回顧録『三河物語』に主君への不満や政敵への憎悪を書き残しました。おかげでこの世の恨みつらみをあの世に持っていかずにすんだんですね。長生きの人は遺伝や生活習慣に加え、事故や戦争に遭わない運も必要なため、天に恵まれた存在です。長生きすることでリスクも大きくなりますが、同時にチャンスも広がります。高齢化社会の現代人にも、伊能忠敬のように熱中できることを見つけたり、大久保彦左衛門のように負の感情を静かに見つめ吐き出す手段として、日記などを書いてみるのもいいと思いますね」
(ポプラ社 979円)
▽おおつか・ひかり 1961年生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒業。古典エッセイスト。「源氏物語」全訳6巻、「くそじじいとくそばばあの日本史」「うん古典 うんこで読み解く日本の歴史」「毒親の日本史」など著書多数。