「"駅酒場"探訪」鈴木弘毅氏
「"駅酒場"探訪」鈴木弘毅著
駅の改札内や駅地下などで営業する「駅酒場」に特化した、ありそうでなかった探訪記だ。
「これまで駅そばの取材をライフワークとしてきましたが、客単価を上げるため酒メニューを充実させる店も増えています。私自身は飲むのが好きなだけで酒のうんちくを披露できるほどではありませんが、駅とそばに関する長年の研究の成果は蓄積されています。そこで、駅ナカグルメの視点から駅酒場を紹介してみようと考えました」
本書では、駅酒場を「駅ビルや駅に付属する地下街を含めた広義の駅ナカで営業する、酒類の提供を伴う飲食店」と定義している。そして1種類でも酒類の提供を行っていれば駅酒場としている一方で、立地や眺望、メニューが“駅ならでは”の特色を持つ店を中心に取り上げている点が他に類を見ない。
「例えば、川崎駅の『そばじ』は街酒場では実現が難しい“トレインビュー”の駅酒場。窓際の横並びの席に陣取れば、駅を発着する京浜東北線を眼下に眺めることができます。注文を受けてから製麺する二八そばは、香りと食感のバランスが抜群。ニッカウヰスキーが手掛けるそば焼酎『玄庵』に、たぬき冷ややっこや鈴廣のかまぼこを合わせながら眺望を楽しんでもらいたいですね」
いわゆるグルメガイド本と一線を画すのが、写真を最小限に抑えて文章で読ませる構成だ。酒や料理といったソフト面はもちろん、駅の変遷や街酒場との違いなどハード面にもスポットを当ててつづられているため、読みごたえ満点。旅の追体験としても楽しめる。
「駅酒場がもっとも充実している駅としては、博多駅を選びたい。高度経済成長期以降に移転し、駅周囲がオフィス街として発展したことで大規模な繁華街がなく、駅ナカが発達したようです。中でもインパクトのある店が改札階の立ち飲み屋『よかたい』で、街酒場では仕事終わりの夕方に設定されるハッピーアワーが、何と午前10時から午後6時。午前中から営業する駅酒場ならではの設定です」
出張帰りに地元の酒を味わいたいが、街酒場は夕方以降の開店。諦めて早々に帰路に就いたという経験はないだろうか。そんな出張族にも優しいのが駅酒場だと著者。
「地域の玄関口である駅の酒場には、地元のウマいものや地酒をそろえている店も多い。そして昼から開いている。利用しない手はありません」
国産ウイスキーをそろえたマンモス駅改札内の隠れ家(東京・上野駅)、地元産ワインや鹿肉バーガーを提供するホームまで徒歩1分のワインバー(長野・塩尻駅)、クルーズトレインの停車時刻に合わせてオープンする駅ホーム直結の日本酒バー(佐賀・肥前浜駅)など、日本の駅酒場の多彩さにも驚かされる。
「充実した駅酒場は、2軒目、3軒目の“〆飲み”に利用されることも増えています。終電ギリギリまで飲んでも、駅なら安心です。ただし、安心しすぎて飲みすぎ・乗り遅れにはお気を付けください」
出張先で、通勤でいつも通る駅で、味のある駅酒場を探してみたくなる。59駅59軒を掲載。 (イカロス出版 1540円)
▽鈴木弘毅(すずき・ひろき) 1973年、埼玉県生まれ。中央大学文学部卒業。駅そば、道の駅、日帰り温泉など旅にまつわるさまざまなB級要素を研究し、独自の旅のスタイルを提唱する“旅のスピンオフライター”。著書に「全国『駅ラーメン』探訪」「駅そば東西食べくらべ100」などがある。