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「クィアの民俗学」辻本侑生、島村恭則ほか著

 LGBTに加わったQは「クィア」のこと。近ごろ目につくクィアってなんだ?

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「クィアの民俗学」辻本侑生、島村恭則ほか著

 一見地味な学術書の体裁だが、中身は面白い。

「LGBTの日常をみつめる」と副題がついた本書がそれだ。

 異色の民俗学者として注目の南方熊楠による「男色談義」論、鹿児島の武家階級における稚児の習俗など歴史の話は小手調べ。現代編になると大阪にある真言宗の「LGBT駆け込み寺」の来歴や「薔薇族」の投稿欄にあるスポーツサークルのメンバー募集の話(バレーボールとバドミントンが多いとか)などが考現学風に並ぶ。長崎で洋裁店とスナックを営む華僑の「マダム・ナンシー」の一代記は、地元の元テレビディレクターによるルポ。

 政治家のヘイト発言を逆手に取ったSNSとクィアな笑いや男女人馬が入り乱れる北欧神話の解読などがアカデミックに最後を締める。

 序文によればクィアとは「異性装のエンターテイナーや街中のレインボーパレード、書店の目立たないところに置かれるゲイ雑誌にみられるような、単純に、すぐに理解したりのみ込んだりできない、しかし人びとの目をひいたり関心をひきつけたりする力を持つ存在」。

 まだるっこしい説明はクィアという概念自体がまだまだ成熟していないことの反映だろう。

(実生社 2200円)

「慣れろ、おちょくれ、踏み外せ」森山至貴、能町みね子著

「慣れろ、おちょくれ、踏み外せ」森山至貴、能町みね子著

 なにかと難解な理論の話も多いクィアだが、本書は対談形式なのがいい。

 たとえばLGBTは「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー」をまとめた略称で、「性的マイノリティー」の意味ではない。しかし、「わたしはLGBT」と見出しをつけた大手紙もあったというくだりでは、「『あなたはLGBTですか?』って聞くのは、他人に向かって『あなたは老若男女ですか?』って聞くのと同じ」と笑える説明になる。本来は性的マイノリティーにもいろいろあるという話から生まれた呼び名だったのに、「LGBTかそうでないか」と二者択一になってしまうのだ。かつてはマイノリティー同士で仲が悪かった時期もあるが、エイズが連帯のきっかけになったという。

 対談する2人が、わからないことをわからないと率直にいうのもいい。たとえばポリアモリーは「複数人同士で恋愛関係を結ぶ」こと。乱交などと一緒にされがちだが、対談者は「恋愛感情みたいなものを他者に抱かない」「アロマンティック」な傾向が強いので実感が湧かないという。片やゲイの社会学者、片や相撲解説も手がけるトランスジェンダーの漫画家という組み合わせだが、実は2人とも東大卒。

(朝日出版社 1980円)


「クィアなアメリカ史」マイケル・ブロンスキー著 兼子歩ほか訳

「クィアなアメリカ史」マイケル・ブロンスキー著 兼子歩ほか訳

 クィアの視点でアメリカの歴史を見つめ直す試み。というのは簡単だが、記録もあまりないような昔のことを現代の目で見直すのはやさしいことではない。著者はそれに挑んだハーバード大学教授。

 詩人ホイットマン、パリでヘミングウェーらに影響を与えた詩人ガートルード・スタインら同性愛だったことが知られている有名人に限らず、植民地時代以前からのアメリカの社会を詳しく調べ、それぞれの時代の性的な規範を見てゆく。一般に性に厳しかったとされるピューリタン(清教徒)の社会だが、本人と相手の社会的地位によっては厳しい処罰を免れることもあったという。単なる性的マイノリティーの列伝ではなく新しいタイプの社会史だろう。

 新しく出てきた考え方が短い間に大学のカリキュラムなどに取り入れられるのはアメリカならでは。著者も大学で「LGBTスタディーズ」を教えるのは近年のことらしい。未完成で過渡的な試みながら、専門的な賞も受けて高い評価を得ている。

(勁草書房 3960円)

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