「起死回生 逆転プロ野球人生」中溝康隆著/新潮新書(選者・中川淳一郎)
「起死回生 逆転プロ野球人生」中溝康隆著/新潮新書
プロ野球選手には「電撃トレード」「戦力外通告」「トライアウト参加」などさまざまなドラマチックな言葉がつきまとうが、それらを「人事異動」や「転職」的に読者たる勤労者にあてはめた本だ。
本書に登場するのは一流選手ばかりではあるものの、王貞治やイチロー、大谷翔平といったいったん軌道に乗ったらその後はゼッコーチョー路線を歩み続けた選手の話ではない。どこか哀愁漂う記述が続くのだが、それが天賦の才を持つプロ野球選手を人間くさくしている。登場するのは30人。栗山英樹、山本和範、野茂英雄、小林繁、西本聖、吉井理人、鹿取義隆、下柳剛らである。
野茂については意外かもしれないが、近鉄時代に鈴木啓示監督との折り合いが悪かったことや、メジャー志望を明言したら猛烈なバッシングに遭ったことをつぶさに振り返る。これら選手の実績は言うまでもないが、著者は彼らの挫折や葛藤を過去の雑誌記事などから見つけ、紹介する。ヤクルトでは古田敦也に次ぐ2番手捕手で「最強の控え捕手」と称された野口寿浩については、1995年のドラフト会議でヤクルトが野村克也監督の息子・克則を指名したことを受け、こう評される。
〈つまり、野口は“平成最高の捕手”に加えて、“監督の息子”とひとつしかないポジションを争うことになるわけだ。出場機会が減ることはあっても増えることはないだろう〉
実にサラリーマン的哀愁漂う記述ではなかろうか。野球界においてはトップ0.01%とも言える人材でさえこのような哀愁があるわけだが、私がもっとも感銘を受けたのは、西武・日本ハム・中日を16年間で渡り歩いた奈良原浩についての記述だ。決して派手な選手ではないが、現場から見るととんでもなく評価が高い選手だったのだ。
〈“和製オジー・スミス”と呼ばれる守備のスペシャリストぶりは健在で、伊原春樹守備走塁コーチは「野球は打つだけが能じゃない。ああいう選手が必要なんだ」と絶大な信頼を寄せた〉
「トレンディーエース」と呼ばれた日本ハムの西崎幸広のトレード相手を模索する中、日ハムの上田利治監督は奈良原を切望。その根拠は、「職人芸」とも呼べる内野守備の能力に加え、西武の攻守を知りつくす奈良原の「頭脳」を求めていたのだという。
このように、30人の悲喜こもごもを記述するので野球ファンと人事的に悩む人にはたまらない。ただ、内容をより理解すべく年度別成績を各人の項の最後に掲載してほしかった。 ★★半