映画「哀れなるものたち」主演エマ・ストーンは鬼才ランティモス監督にオスカーをもたらすか

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■不快の受忍限度スレスレを行く衝撃作

 いずれもディストピアからの脱出譚で、余韻は残るがカタルシスはない。不条理な権力と暴力、自慰と性交のえげつない描写は見る者によっては不快の受忍限度スレスレを行く危うい橋を渡る。ランティモスの作品は現代のギリシャ悲劇なのか単なる暗黒寓話なのか、評価は二分されてきた。

 そのランティモスが広く称賛されたのが「女王陛下のお気に入り」(18年)だ。それまでの閉鎖的寓話が歴史性と社会性を基底にした物語に昇華し、18世紀初頭の英国女王アンを演じたオリビア・コールマンはアカデミー主演女優賞を獲得、気まぐれな女王の懐に飛び込む女官の手練手管と覚悟を演じたエマ・ストーンも絶賛を浴びた。スコットランドの作家アラスター・グレイの同名小説(ハヤカワepi文庫、高橋和久訳)を基にした今回の「哀れなるものたち」はその延長にあり、ランティモス自身の成長譚という側面も見て取れる。それが今回プロデューサーを兼ねたエマ・ストーンによって導かれているように見えるのが興味深い。

「卓越した男性が無知の女性を導く」という構図は、リスボンやクルーズ船で当初威張ってベラをリードしていた中年男性が単なる俗物であることが露呈されていく中で崩壊する。他方でベラは船上の客や娼館の仲間から貪欲に知識を吸収し、知的好奇心に基づく人格形成(ビルトゥンク)を果たしていく。この物語はベラによる「館からの脱出」だけではなく、人としての「自立」の過程を丹念に描くことで、「哀れなるものだけれど愛すべき人間たち」を描くことに成功している。頭が犬で胴体は鶏といったキメラ動物が庭で遊ぶゴッド教授の館、横暴な「将軍」の屋敷は混沌としてグロテスクでもある。過激な性描写も頻出するゆえ「R18+」に分類されたが、これほどまでに人間の営みが凝縮された映画が近年他にあるだろうか。艶やかな衣装、音楽とダンス、摩訶不思議な街並みだけでも見るに値するが、何といってもランティモスをこの境地に導いたエマ・ストーンの超絶演技は必見だ。「籠の中の乙女」からランティモス作品を時系列で見ていくとおそらく心が折れるので、まずは本作品を見てから遡及していくのがオススメだ。

(北島純/映画評論家・社会構想大学院大学教授)

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