著者のコラム一覧
田中幾太郎ジャーナリスト

1958年、東京都生まれ。「週刊現代」記者を経てフリー。医療問題企業経営などにつ いて月刊誌や日刊ゲンダイに執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベスト新書)、 「慶應三田会の人脈と実力」(宝島新書)「三菱財閥 最強の秘密」(同)など。 日刊ゲンダイDIGITALで連載「名門校のトリビア」を書籍化した「名門校の真実」が好評発売中。

桜蔭学園には「礼法」の時間 受験テクより集中力を高める

公開日: 更新日:

「女子中高一貫校トップの座は当分、揺るぎそうにない」(大手学習塾幹部)と評されるのは桜蔭学園(東京・文京区)。東京の私立男子御三家(開成、麻布、武蔵)が戦前から進学校として確固たる位置を占めていたのに対し、同校が大学受験に関し頭角を現したのはそれほど古くない。1984年に初めて東大合格者数が30人を超え、にわかにマスコミの注目を集めるようになった。

「それまでも質の高い教育で定評があった桜蔭ですが、メディアに取り上げられる頻度が大幅に増えたことで、より優秀な生徒が集まるという相乗効果を生み出したのです」(大手学習塾幹部)

 その後も東大合格者数はほぼ右肩上がりで増え、94年には初のトップ10入り。以降、2020年まで27年連続でトップ10入りを果たしている。

 20年の東大合格者数は85人で開成(185人)、筑波大附属駒場(93人)に次いで堂々の第3位。トップ3入りは桜蔭にとって初の快挙だ。第1位の開成には大きく引き離されているように映るが、開成の1学年生徒数は400人。それに対し、桜蔭は235人なので、見た目ほど差をつけられているわけでない。しかも、最難関の理Ⅲ(全合格者数100人)には7人が合格。これも、灘(14人)、開成(13人)に次ぐ数字だ。

■女子校で唯一無二の存在になった理由は

 東大合格者数85人という数字は、実はこれまでの最多ではない。一番多かったのは96年の93人(第5位)。この中には理Ⅰに現役で合格したタレントの菊川怜も含まれている。慶応大医学部にも合格していたが、それを蹴って東大に入学した。

「女子校で東大合格者数トップ10に入ったことがある学校はほかにはなく、それだけ桜蔭が飛び抜けているということ。受験業界では女子学院と雙葉を合わせて『女子御三家』という言い方がよく使われてきたが、実態にはそぐわなくなっている。唯一無二の存在になりつつあると言えるでしょう」(予備校スタッフ)

 なぜ、桜蔭が女子校の中で、これだけ突出したのか。

「教育課程が文部科学省が定める学習指導要領よりもだいぶ先行しているのは、他の多くの進学校と一緒。特別なカリキュラムが組まれているわけではない。にもかかわらず、これだけ圧倒的な実績を残しているのは、業界でも不思議がられている」(同)

 90年代に卒業し、私立医科大に進み、現在、都内でクリニックを開業しているOGは次のように話す。

「受験に関しては、学校の授業よりも塾のほうが役に立ったと思う。これは他校の生徒もたぶん一緒でしょう。では、桜蔭がどこが違うのかと考えてみると、生徒の心構えではないでしょうか。一人ひとり、目的意識というか、将来のビジョンがはっきりしていて、その目標に向かって、ひたすらまい進する生徒が多かったような気がします」

 桜蔭の卒業生の2割近くが医師になっている。医学部を目指して桜蔭に入ってくる生徒が少なくないという。ほかにも弁護士、学者、官僚など、最初から明確な目標を持っているケースが多いのだ。

「そのための努力は惜しまないという点で、他の女子校の生徒より上回っている部分はあるかもしれない。目指す場所がわかっているぶん、集中力がすごいんです」(OG)

OGの典型例は豊田真由子

 その典型が2012年12月の衆議院総選挙で埼玉4区から自民党の落下傘候補として出馬し当選した豊田真由子だろう。桜蔭を93年に卒業し、東大文Iに現役合格。卒業後は厚生省(現厚生労働省)に入省し、官僚の道を歩んでいた。

 東日本大震災では被災者の高齢者福祉政策を担当。民主党政権の運営に疑問を持った豊田は自ら、自民党埼玉県連の公募に応募し、出馬することになった。選挙に関してはズブの素人だったが、そこからの集中が凄まじかった。足首を骨折しながら、連日、松葉杖で駅頭に立ち、選挙演説を繰り返した。その奮闘ぶりは地元では語り草になっている。

 14年12月の衆議院総選挙でも再選を果たしたが、その後、男性の政策秘書への暴言・暴行が発覚。自民党を離党して臨んだ17年10月の総選挙では5人の候補者中、最下位に沈み、落選した。

「選挙に全力投球で臨んで当選するところも桜蔭らしければ、秘書への暴言も桜蔭らしい。桜蔭生は相手を見下しているかのような行動をとることがある。本人にはその自覚がまったくないので、ある意味、タチが悪い。KY(空気が読めない)の人が多いんです」(OG)

 エリートがゆえのKYはよくあるパターンだが、桜蔭出身者の集中力については衆目一致するところ。「受験テクニックは塾や予備校で学びましたが、集中力は桜蔭の教育による賜物」とOG。そのアイテムとなっているのが「礼法」の時間である。

「関東大震災の翌年の1924年に、東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大)の同窓会によって設立された桜蔭の建学の精神は『礼と学び』。その心を養うための授業として、礼法の時間が設けられたのです。中1は週1回、中2と中3は5週に1回、そして高2の時に『総合』の授業の中で礼法を学びます」(学校関係者)

 具体的には、体幹を保つ姿勢、歩き方、座り方などの基礎、さらには日常生活での作法や、和室における所作を学ぶ。

「こうした立ち振る舞いを畳の上で実践するのですが、心が落ち着き、集中力も高まっていく感じが体の中から湧き上がってくるのがわかる。この感覚が身についたことで、受験勉強には非常にプラスになったと思います」(OG)

■桜陰生にとって東大に入るより難しいこと

 女子校としては他の追随を許さない位置にある桜蔭だが、もうひとつの側面として、よくマスコミに取り上げられるトリビアがある。「桜蔭生は東大に入るより、結婚するほうが難しい」という説である。

 開業医のOGは「となると、3人に1人も結婚できないことになってしまいますが、さすがにそれはない」と一笑に付したものの、しばらく考えて、「でも、独身率はかなり高いかも」とつけ加えた。

「全体のデータはわかりませんが、私の学年の名簿を見ていると、旧姓のままの人がけっこういる。結婚してもそのままにしているケースがあるにしても、とにかく離婚する人が多いんです。かくいう私も離婚していますし……。そういう意味では“現在独身”という桜蔭生は3分の2を超えるかもしれません。あくまでも、私の印象ですが」

 このOG自身はそもそも、結婚願望が薄かったという。

「跡継ぎが欲しかったのと、世間体を考えて結婚したんですが、2年ももちませんでした。私もそうですが、桜蔭生は経済的に自立している人が多いので、少しでも相手に気に食わないところが見えると、すぐ離婚に踏み切ってしまう」

 思い通りの学校に入り、望む仕事に就いたとしても、すべての幸せを掌中に収めるのはなかなか難しいようだ。=敬称略

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