満を持して中日監督に Mr.ドラゴンズ立浪和義の評判 PL学園の同級生、恩師、竜OBが語る

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 北海道の仰天人事がなければ、もっと注目を集めているはずだった。すっかり日本ハム新庄剛志監督(49)の陰に隠れてしまった中日立浪和義新監督(52)。長年にわたる監督待望論の末、「ミスタードラゴンズ」がいよいよ来季からチームの指揮を執る。そんな中日の切り札の素性と評判とはーー。

■新庄監督とは正反対

 PL学園から1987年ドラフト1位で入団し、以来中日一筋。現役通算22年で2480安打、171本塁打、1037打点、打率.285。二塁打487本は今もなお破られぬプロ野球記録だ。

 新庄監督に比べ、その実績ははるかに上。ともにファンに大きな期待を抱かせているものの、そのアプローチは正反対と言っていい。奇抜な格好で就任会見に臨み、「優勝なんか目指しません!」と言い放った新庄監督に対し、立浪監督は真面目一本だ。

「やはりスポーツマンらしく、ファンの皆さんも見てますし、髪形にしましても、そういったことも含めてキチッとした形でスタートしようかなと思います。とにかくチームを強くする。そのために妥協はしません」

 就任会見でそう言った立浪監督は、球団を通じてすぐに「長髪、茶髪、ヒゲの禁止」をチーム内に通達した。

■同級生に「ちゃんとせないかん!」と

「たっさん(立浪監督)の現役晩年、選手兼任コーチを任されたときのことです。当時の落合博満監督から、3年目を迎えた高卒ドラ1の平田良介を『なんとか使えるようにしてくれ』との特命を受けた。そのことを聞くと、こう言っていたのを思い出します。『技術もそうだけど、社会人としての教育と言ったら大げさやけど、挨拶とか礼儀とか、そういうこともきちんと教えていかないといかんよね』と。まったく考えがブレていないのです」

 と、言うのは評論家の橋本清氏。立浪監督と橋本氏は実家同士が「走って1分」の距離にあった幼馴染み。幼稚園からPL学園まで同じ学校に通い、高校では甲子園で春夏連覇を達成した。

「小学校6年生で身長が180センチを超えたボクとは対照的に、たっさんは子供の頃から体が大きくなかった分、負けん気の塊でした。腕っぷしも強く、小さいときから周囲に一目置かれる存在でしたね。PL学園では主将。後輩にはもちろん、ボクや片岡(篤史=中日二軍監督)ら同級生にも厳しく、ちょっと手を抜いたりしたら、『ちゃんとせないかんぞ』とよく注意されました。ボクが引退後、中日を取材するようになって感じたのは、中日の選手はみな礼儀がしっかりしていたこと。それなりのキャリアを積んだ中堅選手でさえ、球団OBでもないボクに対して直立不動で挨拶をしてくれる。たっさんの影響です。監督就任会見で『チームを強くするために妥協はしません』と宣言していましたが、間違いなく有言実行する。厳しいだけでなく面倒見の良さも人一倍ですが、選手は覚悟しておいた方がいいですね」

 PL学園の当時の監督だった、名将・中村順司氏は「あれほど気遣いのできる男もそうはいませんよ。立浪は最高のキャプテンだった」と日刊ゲンダイにこう語っていた。

「例えば『スコアブックを取ってくれ』と頼むでしょ。すると立浪は、必ずページを開いて持ってくる。『爪切りあるか?』と聞けば、ただ渡してくるのではなく、すぐ使えるような状態にしてサッと差し出す。一度、練習試合に来た他校の監督さんに寮で汗を流してもらおうと、立浪に『湯加減を見てきてくれ』と頼んだ。風呂から上がってきたその監督が、『中村さん、やっぱりPLの生徒は素晴らしいですね』といたく感激されている。聞けば、浴室に入ったら、風呂椅子の上に手拭い、ナイロンタオル、せっけん、シャンプーが奇麗に重ねて用意してあったというんです。とにかく気の回る立浪は、私がカミナリを落とす前にはもう、同級生でも叱り飛ばしてくれる。彼には随分ラクをさせてもらいましたね」

落合監督時代は忍耐の日々

 そんな生真面目な男が「荒れた時期」があった。落合監督がチームを率いた2004年以降のことだ。立浪監督は19年、自身の野球殿堂入りを祝う会で、落合中日時代について「(07年から引退する09年の)最後の3年半、あまり関係が良くなかった」と話した。

 05年オフ、落合監督は「来季は3つのポジションがあいている」と宣言。その3つは、中堅、左翼、そして立浪監督の守る三塁だった。事実、05年シーズン終盤は成長株の森野が守ることも増え、立浪監督は不慣れな左翼を守ったこともあった。

 当時を知るメディア関係者は「立浪さんにとっては我慢、忍耐の日々だった」とこう続ける。

「レギュラー白紙について、落合さんが立浪さんに直接伝えたことはなかったと聞いています。起用はもちろん、移動の飛行機も主力扱いではなく、エコノミーに座らせたりすることもあった。冷遇され始めた当初は、ロッカーなどで声を荒らげたりすることもあり、コーチや周囲がなだめることもしばしばあったそうです。普段から立浪さんに世話になっていた選手、チーム関係者はもちろん、OBや地元財界からも落合さんに対する反発の声が出て、チーム内がギスギスしていったのも確かです」

■我慢の日々を支えたのは「中日愛」

 その一方で、「立浪に鈴をつけられるのは、三冠王の落合しかできなかった」という声もある。古株の球界OBが言う。

「当時の立浪は選手としては緩やかに下降線をたどっていた。キレのあるスイングが陰りを見せ始めていたことを、落合も見抜いていた。立浪はそうした境遇を受け入れ難かったはずだが、08年に兼任コーチになる前から、若手に打撃や守備などの助言をするようになった。自身のポジションを奪った森野にさえ、惜しみなく打撃理論を伝授した。もともと清濁併せのむ度量の大きさはあったが、中日愛が人一倍強く、近い将来、ドラゴンズの指導者として第二の人生を歩みたいという思いが、我慢の日々を支えたと思う」

 そんな森野は今オフ、中日の一軍打撃コーチに就任。立浪監督を支える立場になった。

 趣味のゴルフは玄人はだし。一緒にラウンドしたことのある中日OBの藤波行雄氏は「野球同様、ゴルフも研究熱心です」とこう続ける。

「ハンディは1か2のシングルプレーヤー。アマチュア枠ですが、プロツアーに出場したこともある。立浪監督は現役時代同様、ゴルフでもレフティー。野球出身者のレフティーは、バットスイングから抜けきれないスイングになりがちでうまい人は少ない。でも、立浪監督は本当に奇麗なフォームで打つ。センスはもちろん、相当練習している証拠です」

 現役時代は女性関係で度々、週刊誌を賑わせた。それが監督就任を遅らせたともいわれるが、中日を復活させられるか、新監督の手腕やいかに。

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