「カトク」新庄耕著
書名になっている「カトク」とは、過重労働撲滅特別対策班、の略だ。ブラック企業が社会問題化している中、違法な長時間労働を取り締まる目的で、東京と大阪の労働局に設置された特別捜査チームである。
本書は、東京労働局「カトク」班で働く城木忠司を主人公にした連作で、4編を収めている。彼は、不動産会社、広告代理店など、大手企業にはびこるブラック体質を内偵し告発していく。現代ニホンで働く人々の過酷な現実から目を背けず、日々の努力はいつか必ず実を結ぶと信じているが、作中にもうひとつの視点があるのがキモ。
たとえばテレビの取材班にカトクの村井班長が問い詰められるシーンを見られたい。カトクが摘発しても検察が起訴を見送ることが続くと、不起訴になることが分かっていて送検しているのではないか、裏で国と財界がつるんでいるんじゃないか、労基法の罰則なんてたかがしれているから大企業にとっては何のペナルティーにもならない、この国から過労死も過労自殺もなくならない、と問い詰められるシーンだ。
ここに、しかし摘発のニュースが報道されれば、なんらかの歯止めにはなるのではないかというくだりを重ねれば、本書のテーマも見えてくる。カトクは万能の神ではないが、誰もが安心して働ける社会を実現するための、その気が遠くなるような目標に向かうための私たちの希望であると。圧倒的なリアリティーがその希望を支えている。
(文藝春秋 800円+税)