「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳
昨年末に映画にもなったテレビドラマ「あなたの番です」は、交換殺人をテーマにして大きな話題を呼んだ。交換殺人は殺人相手を交換することで、動機が不明確になりアリバイもつくれる。数多くのミステリーで使われている手法だが、これを使った先駆的な作品がパトリシア・ハイスミスの「見知らぬ乗客」だ。妻と別れたがっている男が列車に乗り合わせた、見知らぬ乗客から交換殺人を持ちかけられるというもの。ヒチコックの同名映画も評判になった。
本書は、パトリシア・ハイスミスがサスペンス小説を書こうと思っている若くて経験の浅い作家たちに向けた創作指南書だ。単なるハウツーではなく、自らの作品を素材に、アイデアをどう芽吹かせるか、プロットをどう展開していくのかなどを具体的に論じ、併せて作家という仕事の舞台裏なども明かされている。
中でも長編「ガラスの独房」については、刑務所に収監されていた囚人からの手紙をアイデアの芽としてどうプロットを立てていったのかが詳細に書かれている。しかしその第1稿は満足のいくものではなく、第2稿でどう修正したかの経緯がつづられている。作家志望の者にとっては最上の手本となるだろう。
驚くのは、改稿になった「ガラスの独房」を出版社に渡すと、返事はノー。これ以上直す必要がないと思ったハイスミスは別の出版社に持ち込み、刊行される。すでに「見知らぬ乗客」「太陽がいっぱい」といったベストセラーを出している彼女にして、そういう査定が下るというのは、最初の出版社に見る目がなかったのか、あるいはアメリカのミステリー・サスペンス界の熾烈な競争ぶりを示しているのか。
タイトルに「サスペンス小説」と銘打たれているが、著者が本文の諸所で強調しているように、この創作術はミステリー、サスペンスを超えて、広く小説全般に及ぶ豊かな知見に満ちている。 <狸>
(フィルムアート社 2200円)