外出の気持ちを後押し!最新文庫エッセー本特集
「こぽこぽ、珈琲」 湊かなえ、星野博美ほか著
「不要不急の外出」を控えていると、閉塞感でいっぱいになる。実は旅とか冒険などの「不要不急の外出」こそが、心に小さな風穴をあけてくれるのだ。かすかに春の気配を含んだ風を呼んでくれるような、旅や冒険のエッセーを読んでみよう。
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昭和24年ころは煎じたドクダミであろうがゲンノショウコであろうが、「はい、コーヒー」と言って出せばそれがコーヒーだった。有楽町のある店で出しているカルヴァドスを飲んだら、帰りの電車で車窓から吐き出してしまった。吐いたときにおみおつけ臭い味がした。そのカルヴァドスは薬用アルコールにサッカリンと花ガツオの煮汁をかき混ぜたシロモノだった。
当時は砂糖も簡単には手に入らない。新宿にある「アデン」という名曲喫茶のはしりのような店は、砂糖壺が不用心に放り出してあった。店の人が背を向けたすきに、持っていた蝙蝠傘に砂糖壺をあけて、壺3杯分を傘の中に移した。雨だったので店のドアをあけて傘を開いたら、3杯分の砂糖が上から降ってきた。(種村季弘「蝙蝠傘の使い方」)
ほかに、内田百閒、向田邦子ら、人生の達人、変人、奇人がつづったコーヒーをめぐるエッセー。
(河出書房新社 880円)
「すばらしい暗闇世界」 椎名誠著
椎名は子どもの頃、押し入れの天井板を押し上げて天井裏に入ってみた。意外にもいろんな隙間から光が差し込んでいて、不思議な光景が広がっていた。真っ暗な押し入れの先が別世界になっていることを発見したのだ。
30代の終わりから40代のはじめ頃は世界で無鉄砲な冒険をしたが、一番怖かったのは、スキューバダイビングでグレートバリアリーフの洞窟に挑んだときだ。このとき、自分がかなりの閉所恐怖症であることに気づいた。わけのわからない恐怖に駆られ、船に戻ろうと方向転換しようとしたら、背中の圧縮空気ボンベが岩角に引っかかってしまった。あちこちに触れて砂が舞い上がり、視界が遮られる。二重の閉所感覚にさいなまれてパニック状態に! チームの一番最後だったので、後から来た人が空気ボンベを外してくれることはない。
探検作家なのに閉所恐怖症の椎名が体験した世界の神秘を豪快に書き尽くす。
(新潮社 693円)
「獣医師、アフリカの水をのむ」 竹田津実著
高校を卒業して製鋼所に就職した著者は、健康検診で、カリエスだから肉体労働は無理と診断された。古本屋に行き、退職金で山川惣治の「少年ケニヤ」と「蛍雪時代」を買った。
郷里に帰って療養生活をしているとき、夢を見た。獣医になってゾウやシマウマの背に乗っていた。大学を卒業して獣医になった著者は、映画「キタキツネ物語」で動物監督を務めたご褒美にアフリカに行かせてもらうことになった。
かつてサファリといえば、冒険を楽しみたい金持ちの旅だったが、著者が参加した小倉隊は庶民らしき人ばかり。めざすはマサイランド。地平線を望む平原に、ヤリを持った男が赤いマントに身を包んで立っている……。
そんな写真を撮りたいと思った。ところが、初めてのアフリカで水をのみ過ぎたらしく、微熱が続いた。たそがれどきに牧舎に帰る牛の群れが、ときどきゾウの大群に見えた。
チーターやクロサイなど草原に生きる動物たちの思い出を、写真とともにアフリカの魅力を描く
(集英社 924円)
「世界のまどねこ」 新美敬子著
フランスのアビニョンの住宅地で、朝、雨があがったので住民が東向きの窓から開け始めた。窓からさまざまな音が聞こえてきたが、遠いところからエディット・ピアフの「愛の讃歌」が流れてきた。探ってみると、それは猫のいる窓から聞こえてくる。猫もピアフを聞いているのだろうか。
プロヴァンスを旅したときは、堂々とした町名の響きに引かれてカヴァイヨンから出発した。猫と目が合って見とれていたが、壁の色がフランス国旗と同じであることに気づいた。猫は「自由・平等・友愛」の中にいたのだ。
ポーランドのイェリトコボで、200年以上前に建てられた漁師の家の壁に梯子が立てかけられていた。猫用の梯子かと思ったときに黒猫が現れ、「撮りたいでしょ?」とばかりにこちらを見たが、カメラをかまえる余裕も与えず、梯子をのぼっていってしまった。
ポルトガルやオランダなど、世界で出合った窓辺にたたずむ猫の写真と共に旅をつづる。
(講談社 1012円)
「年をとったら驚いた!」 嵐山光三郎著
老人は不良でないと生きていけない。
文豪のトルストイは48年間の結婚生活の後、妻に別れの手紙を書いて82歳で家出をした。医師や清書係をしていた女性が同行したが、それをロシア帝国のスパイが尾行する。さらにメディアの取材陣やファンが加わり、なんと200人もの集団となった。史上最大の家出である。
作家の宇野千代は、作家の尾崎士郎、画家の東郷青児らと4回結婚して、4回離婚した。今東光や芥川龍之介とも親しかったが、今東光とデートしているとき、八百屋で2束8銭の葱があったので買った。デート中に葱を買う女なんてタダモノではない。その話を聞いた芥川が書いたのが「葱」という短編小説である。
千代は4人目の夫、作家の北原武夫とは24年つれそったが、北原が千代の編集・発行していた雑誌の編集者を妊娠させてしまったので別れた。千代は人妻であることにこだわらない、アッパレな女である。多くの人生を見つめてきた著者の人生哲学があふれ出る。
(筑摩書房 902円)