食わず嫌いにもオススメ 最新海外文学特集
「犬が尻尾で吠える場所」エステル=サラ・ビュル著、山﨑美穂訳
読書は好きだが、海外文学は苦手という人が意外に多い。しかし、いざ手にしてみると、風土や文化、生活習慣が全く異なる地で生まれた文学作品は、独特の読み応えがあり、ハマると癖になる。ということで、今週は「食わず嫌い」の人にもオススメの海外文学作品を紹介する。
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パリで生まれ育った「私」は、父方の伯母アントワーヌから家族のルーツを聞く。アントワーヌと次姉からいまも「弟ちゃん」と呼ばれる父は、長姉に複雑な思いがあるようだ。
しかし、私は事あるごとに「アントワーヌみたい」と伯母を悪い物事の引き合いに出す周囲の大人たちに、「自らの欲望に背くことのなかった女性に対する一種の崇拝」が含まれていることを感じ取っていた。
アントワーヌら3きょうだいが生まれたのはカリブ海に浮かぶフランスの海外県グアドループのへき地モルヌ=ガラン。父は奴隷の末裔、母はかつて島を支配した白人の末裔だった。父は一族から長と持ち上げられ、頼られると何でも支払いに応じ、一家には何も残らない。商いをしていた母の金も勝手に使い、病弱の母は“弟ちゃん”の出産と引き換えに死んだ。母が死んだ1947年、16歳のアントワーヌは二度と戻らぬつもりで家を出る。
カリブの小さな島の一家の歴史を3きょうだいと姪の視点から描く大河小説。
(作品社 2970円)
「シベリアの森のなかで」 シルヴァン・テッソン著、高柳和美訳
フランスの人気作家で冒険家の著者が、シベリアのバイカル湖畔の丸太小屋で過ごした半年間の隠遁生活をつづった日記。
2010年2月、37歳の著者は、7年越しの夢をかなえるためにイルクーツクを出発。3日かけてたどりついた小屋で、1人での生活を始める。小屋は3メートル四方、外は氷点下30度を超す極寒だ。これまでの旅では得られなかった、この寒さと静寂、そして孤独こそが「自分に必要な人生」だと思い、この地を選んだのだ。
本を読み、水くみとまき割り、合間に文章を書き、ウオッカを飲む生活。不安に襲われた時は、自然の美に救いを求める。
時には、ソリをひいて130キロ離れた場所に住む密猟監視員や森林保護官らを訪ねたり、彼らが訪ねてきたりする。そしてクマに備え、犬2匹が仲間に加わる。
暇を持て余し、哲学的思索に没頭したかと思えば、パンをこねながらエロチシズムに思いをはせるなど、自然の中に身を置き、自身と向き合う現代版「森の生活」。
(みすず書房 3960円)
「トーキョー・キル」バリー・ランセット著 白石朗訳
米国で古美術商を営むブローディは、亡父が残した東京のセキュリティー会社の社長を兼務。
ある日、東京の事務所に三浦親子が助けを求めてくる。96歳の父・晃は、戦時中、満州のある地域の行政長官を務めており、そのときの復讐のために中国系の秘密結社に命を狙われていると訴える。事実、8人の犠牲者が出ているここ数日の連続家宅侵入事件の被害者宅はかつての部下の家だが、警察に訴えても取り合ってくれないという。ブローディは、チームを組んで晃の警護を始める。
その夜遅く、ブローディは警視庁の加藤刑事に呼び出される。歌舞伎町の現場には拷問で激しく損傷した他殺体があった。被害者は数時間前に会った晃の息子の耀司だった。
耀司の家を訪ねたブローディは、リビングの壁にかかる絵が彼が探し求めていた仙厓の幻の作品だと気づく。
日本通の私立探偵を主人公にした人気シリーズ第2弾。日中戦争の歴史の闇に迫る。
(集英社 3300円)
「君という生活」キム・ヘジン著、古川綾子訳
「私」が「君」と初めて会ったのは廃虚と化した教会の前だった。
帰宅前のひととき、その教会の前で野良猫のテビにエサをあげていた私を、以前から見かけていたと君が声をかけてきたのだ。君から不妊手術を受けていないテビを保護するのを手伝ってほしいと頼まれた私は断れない。何日か、捕獲器を仕掛け、テビが現れるのを待ちながらよもやま話をした私は、野良猫にお金と時間を費やす君が善良で温かい人だと感じる。
住んでいる3区域に再開発計画が持ち上がり、立ち退きが迫っている私が再開発事業の公聴会に出かけると、君がいた。君が既に再開発が終わった1区域で叔父が営む不動産業を手伝っていることを知った私は格差を感じ、君とはもう会わないと決めるが、連絡があるとつい応じてしまう。(「三区域、一区域」)
短編8作に登場するのは、友人だったり、恋人だったり、関係は異なるがすべて「私」が語る「君のこと。他人と真摯に向き合うことの難しさ」を描く切なさあふれる短編集。
(筑摩書房 1870円)
「花びらとその他の不穏な物語」グアダルーペ・ネッテル著、宇野和美訳
わたしは、15歳からカメラマンの父のスタジオで働いている。
父の主な仕事は、国立眼科病院のまぶた専門外科医リュランの患者の、術前と術後の記録用写真を撮ることだった。ゆえに若いときから父の助手としてまぶたを見続けてきたわたしは、その体の部位をいくら見ても見飽きることはなかった。これまで同じ人間に修正された何千という顔を見てきた私は、おぞましいことに気づいていた。
ある雨の日、若い女性が術前の写真を撮りにスタジオにきた。その重たげな左目は狂おしいほど官能的で、私は興奮を隠しながら、彼女にどうしたら手術を思いとどまらせることができるか脳内で画策するが、結局はいつもより多くシャッターを切るだけだった。
彼女が術後の写真を撮りに現れることを恐れながら3カ月が経った。しかし、彼女は現れない。(「眼瞼下垂」)
ほかに女性トイレの残り香を手掛かりに香りの主を探す男を主人公にした「花びら」など、メキシコ人作家が人間の内なるモンスターを描く短編集。
(現代書館 2200円)