「あべとしゆき水彩画集」あべとしゆき著
「あべとしゆき水彩画集」あべとしゆき著
人気水彩画家が自選した風景画192点を収録した作品集。
どこかの山道で出合った風景だろうか、それとも里山の片隅か。深い山並みが控えていることを感じさせる背景に、画面いっぱいに大きな巨石が描かれた「時の光」と題された作品。よく見ると、巨石の周辺もすべて岩で、一帯は岩盤で、その岩のあちらこちらのわずかなすき間から、さまざまな草や樹木などが旺盛な生命力で陣地を広げようとしているさまが描かれている。
大きな岩に覆いかぶさるように枝を伸ばす樹木の葉と春の陽光が、硬い岩の表面に柔らかな影の揺らめきをつくり出し、季節を感じさせる。
対照的に、「MINAMO」(表紙)と題された作品は、池か湖と思われる水辺の風景。ただ周囲の風景は一切描かれず、タイトル通りただ水面を描き切る。ただし、水鏡となったその水面には、周囲の木立や空、雲が映り込んでおり、さらにスポットライトのように光が差し込む箇所では、水底に沈み込んだ枯れ葉や枝、そこにうっすらと積もった土がその感触まで伝わるかのように描かれているのだ。
「雨上がりの光」と題された作品も、落ち葉に彩られた地面に降雨がつくり出した水たまりを描く。その水たまりにも秋を迎え、冬支度を始めた周囲の高い木々が映り込む。
どこかのお宅のナチュラルガーデンの片隅にひっくり返して並べられた陶器の水がめに照りつける陽光によって浮かび上がる草花や樹木の影などを描いた「光と風の庭」など、その画風は透明感に満ち、その場の空気感が伝わってくるほどリアルだ。
かといって、流行の超細密な写真のような写実絵画とも異なり、画風はあくまでも優しく、見る者の心に春の日のような温かさとさわやかな風を生み出す。
ほかにも、見上げた青い空を背景に、陽光によって透けるように美しく白く輝く花や緑の葉を描いた「花みずき」や丹精込めてつくられたバラのアーチ「白薔薇の窓辺」、「クレマチス」など、さまざまな花が咲く春の情景を集めた章にはじまり、川辺や滝などの水辺の風景や、雑草が生い茂り、どこからか旺盛なセミの声が聞こえてきそうな森や林などの風景を描く夏の章、そして秋、冬へと季節ごとのさまざまな風景画を収録。
巻末に添えられた100問100答の中で、著者は「絵の中に自分なりのストーリーを込め」ながら描いているという。それは風景の中から感じる「自然や生命などと深い関係性」のことだと。
その言葉通り、神社の神木の前で見かけたネコ以外、作品には人間はおろか動物さえ描かれていないのだが、一つ一つの作品は生命力にあふれている。
それは植物の持つ生命力なのか、大地の息吹なのか。普段のせわしい日常では感じることがない、そんな風景から立ち上がる生命力が見る者の心をすがすがしい気持ちにさせてくれる。
(芸術新聞社 3300円)