「新版画の世界」クリス・ウーレンベックほか著古家 満葉翻訳監修 鮫島圭代翻訳

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「新版画の世界」クリス・ウーレンベックほか著古家 満葉翻訳監修 鮫島圭代翻訳

 浮世絵を収集の対象としてきた欧米では1990年代から20世紀の日本の版画家にも関心が集まるようになった。これらの版画家による「新版画」は、あのスティーブ・ジョブズやダイアナ元妃にも愛されていたという。

 本書は、オランダ人コレクターが収集した所蔵品を中心に、ヨーロッパ各地で巡回された新版画の展覧会の図録集。

 明治維新後、西洋文化が急速に取り入れられ、浮世絵をはじめとする伝統的な木版文化は脅威にさらされた。

 危惧した浮世絵商の渡邊庄三郎は、版元・絵師・彫師・摺師による伝統的な共同制作を維持し、高い技術水準を維持した上で、版画文化に新しい様式を創り出すことを模索。そうして生み出されたのが「新版画」だ。

 本書では、その黎明期から太平洋戦争前までの全盛期に作られた作品を紹介する。

 版元として模索を続けていた渡邊は、オーストリア人画家のフリッツ・カペラリに版下絵の制作を依頼。葛飾北斎の絵手本「北斎漫画」を参照して同氏が描いた1915(大正4)年の「傘(雨中女学生帰路の図)」や、湯文字(下着)姿の女性を描いた「黒猫を抱く女」など、後の日本人画家に影響を与えたカペラリ作品をはじめとする黎明期の新版画をまずは紹介。

 以後、渡邊は橋口五葉や伊東深水、川瀬巴水らの版下絵による新版画を次々と売り出し、新版画運動は第1次ブームを迎えるが、1923(大正12)年の関東大震災で中断を余儀なくされる。

 日本画家として活躍していた伊東深水が初めて版下絵を手掛けた「対鏡」や連作「新美人十二姿」、橋口五葉が全工程を自ら監修して私家版として制作した「化粧の女」など、以降の美人画の模範となった作品が並ぶ。

 新版画は大量生産の浮世絵とは異なり、特別な限定品として制作されたため、数が少なく、震災前の作品は希少価値が高いという。

 伊東深水は、歌川広重への敬意を込めて初めて取り組んだ連作の風景版画に伝統的な画題である「近江八景」を採用。

 展覧会で見たその作品に感化されて風景版画の制作にのめり込むようになったのが川瀬巴水だった。

 巴水が急速に発展する東京の街並みを郷愁に満ちたまなざしで見つめ、昔ながらの山村風景のように描いた連作「東京十二題」をはじめ、降りしきる雪を新たな技法で表現した「東京十二ケ月 三十間堀の暮雪」など。多彩な表現で描かれたその作品は、浮世絵とは異なる魅力を放っている。

 浮世絵の絵師たちが卓越したグラフィックアーティストとするなら、新版画の作家たちは「絵画表現と同等の効果を目指し、質感や微妙な色合いに重きを置いた」そうだ。

 さらに充実期を迎え、画家たちが新たな画題にも挑戦した震災後の作品も多数収録。

 新版画の芸術性と革新性に改めて驚かされ、今さらながらその魅力を本書に教わる。

 (パイ インターナショナル 3960円)


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