日常の地続きにある「不可解」──文庫で読む奇譚本特集
「夢みる宝石」シオドア・スタージョン著、川野太郎訳
幾何学の問題なら、論証を積み重ねていけば「解」にたどり着く。だが、この世界は正しい「解」だけがあるとは限らない。導かれた先に待っていたのが「不可解」だったとしたら?
「夢みる宝石」シオドア・スタージョン著、川野太郎訳
野球グラウンドの外野席の下で蟻を食べているところを見られてしまった少年ホーティは、激怒した養父にクローゼットに閉じ込められた。そのとき、扉に左手の3本の指を挟み、ケガをする。ホーティはびっくり箱のジャンキーを持ってなんとか逃げ出した。
太った少年ハバナに出会って「歌は歌えるか?」と聞かれ、「スターダスト」を歌うと、感心したハバナはホーティをトラックの荷台に乗せた。そのトラックはカーニバルで芸をする見せ物芸人たちを乗せていた。
ボスのモネートルは医者だったので、3本の新しい指を作ってくれた。モネートルは鈍く輝く8つの水晶を持っていて、「こいつらは夢を見る」と言った。そして、この水晶が持っているどんな人類も夢想だにしなかった力を欲しいと熱望していた。
不思議な力を持つ水晶をめぐる幻想小説。 (筑摩書房 1045円)
「畏れ入谷の彼女の柘榴」舞城王太郎著
「畏れ入谷の彼女の柘榴」舞城王太郎著
4歳の尚登の異様な泣き声で、伸一は目を覚ました。「ママが」。妻の千鶴を起こそうとしたが起きない。尚登が突然吐いて、口から足元まで線を引く。救急車を呼ぼうとしたとき、千鶴が目を覚ました。尚登が唐突に「ママの体に光入った」と言う。赤い光が3つ入ったと。
翌朝、病院に行ったら、医師が、千鶴が妊娠5週目だと告げた。5週目? 伸一は半年以上、千鶴に触れていない。
伸一が会社から早帰りした日、尚登が「ママの赤ちゃん、今いくつくらい?」と聞いた。「ほやかてママに赤ちゃん入れたのナオやもん」。伸一が「どうやって?」と聞くと、「ピーって」と右手の人さし指を伸一の腹に立ててみせた。その指先が光っている。「ほかにもピーってやったとこある?」と聞いたが答えない。尚登が遊びに行く公園に行くと、猫の家族が6組いた。(表題作)
他2編を収録。 (講談社 770円)
「賢治と妖精琥珀」平谷美樹著
「賢治と妖精琥珀」平谷美樹著
最愛の妹トシを亡くして悲嘆にくれている宮澤賢治のもとに、鈴木三郎という男がいなり寿司程度の大きさの琥珀を持ってきた。中にトンボの羽を持った妖精のようなものが見える。当初は2匹の「人蜻蛉(ひとあきつ)」が入っていたのだが、それを見にきた網元がうっかり落として割ってしまい、1匹ずつになった片方を30両で買ったという。
ところが鈴木の家族が病気になったり、網元の船が転覆するなどの不幸が続いた。鈴木の祖父は「2匹の人蜻蛉がはなればなれになった時がら呪いが始まった」と、2つの妖精琥珀を一緒にしようと考えるが、網元が持っていった妖精琥珀が消えてしまった。その後、妖精琥珀を置いた部屋から虫の羽音が聞こえるようになり、恐ろしくなった鈴木は、賢治に妖精琥珀をもらってほしいと頼む。
妖精琥珀がもたらす怪異を描くファンタジー。 (集英社 792円)
「猫の木のある庭」大濱普美子著
「猫の木のある庭」大濱普美子著
左隣のローゼンバウム夫人の部屋から異臭がするというので、警官が入って、大きなビニール袋を運び出した。
1カ月ほどすると、夫人の管財人が夫人の遺言だと言って、私に靴を渡した。優に100キロは超えると見えた夫人が履いたとは思えない小さい靴だった。
履いてみると、私の足は心地よく靴に収まった。洋菓子店に行き、ケーキを3つ買って3つとも食べた。それから毎日ケーキを食べ、パンも野菜も食べなくなった。以前はやせて狐顔だったのに、日ごとに丸くふくふくとしていった。
ある日、訪ねてきたMが凄いけんまくで「脱ぎなさい、早く!」と命じた。Mは靴を箱に入れ、これは処分するからねと言った。それ以来、私は菓子店通いをやめ、顔も以前の狐顔に戻った。Mは、あのとき、靴が左右の足をつかんでいたのを見た、と言った。(「フラオ・ローゼンバウムの靴」)
幻想的な物語6編。 (河出書房新社 1089円)