「空と花とメランコリー 榎本マリコ作品集」榎本マリコ著
「空と花とメランコリー 榎本マリコ作品集」榎本マリコ著
その作品をひと目見たら、誰もが目を離せなくなることだろう。
貞淑という言葉を思い出させるようなレトロなドレスを身にまとった女性の肖像画なのだが、その顔の部分はまるで仮面をかぶっているかのように、水辺の森を描いた楕円形の風景画になっており、その顔の両脇には形の違う巻き貝が黒い背景に浮かぶように描かれている。
「耳」と題された作品だが、その巻き貝が耳を象徴しているのだろうか。
次のページの「ある詩人の肖像」と題された作品も、深い緑色のベルベットのような生地のドレスを着た女性の顔が、やはり装飾された楕円形の額縁で覆われている。その画面には虹色を帯びた大きな貝の内側が描かれ、その貝をうがったような穴から悲しげな目がのぞいている。そして、その瞳からこぼれ落ちた大粒の涙が描かれているのだ。
その涙が真珠のようにも見えるから、さしずめ貝はアコヤガイであろうか。
一度見たら忘れられないインパクトがある著者の作品は、ここ数年、「82年生まれ、キム・ジヨン」をはじめ、話題の書籍の装丁画などに用いられ、一躍注目を浴びている。
本書は、その著者の初めての作品集である。
「82年生まれ──」に用いられた作品は、額縁もなく、女性の髪だけで輪郭がわかる顔部分の向こう側に広がるように荒野が描かれ、描かれた女性の心象風景を垣間見てしまったような気になる。
ほかにも、上半身がなくロングスカートをはいた人体の腰部からシロクマやオオカミの頭部が生えている2人組、顔部分にぽっかりと開いた闇から今にも飛び出しそうな白い鳥、顔から森が出現し、その森をすみかにしているのか周囲を鳥が飛び交っている女性、そして表紙のように目の部分からさまざまな花が咲いている女性(男性バージョンもあり)など。
人間と、動物や植物、そして人工物が一体となったその作品はシュールレアリスムの巨匠マグリットの世界を彷彿とさせる。
「82年生まれ──」をはじめ、著者の作品を装丁画に用いた書籍の多くは、フェミニズムとの関連がある。
精神科医の斎藤環氏は、跋文でそんな著者の作品を評して、荒野や花、鳥などが「はらむ直接的な意味は無視してよい。重要なことは、女性らしい顔の輪郭と、何らかの具象物の組み合わせがもたらす抽象作用」だと語る。そして、「フェミニズムが『女性の主体性』を決して無視させないための思想であるならば、榎本マリコの作品群こそは、真の意味でのフェミニズム的表象と呼ばれるべきだろう」と評する。
2015年に描かれた、後の作品群の先駆けともいえる初期作品から、クライアントワーク、そして最新作まで、榎本ワールドの全貌に迫る見ごたえのある一冊。
(芸術新聞社 2970円)