「当事者たちの証言で追う 北朝鮮・拉致問題の深層」鈴木拓也著/朝日新聞出版
「当事者たちの証言で追う 北朝鮮・拉致問題の深層」鈴木拓也著/朝日新聞出版
取材力と文章力の双方に富んだ新聞記者による優れたノンフィクション作品だ。
2002年9月17日、平壌で行われた小泉純一郎首相と金正日朝鮮労働党総書記との会談を北朝鮮側で準備した「ミスターX」の正体を鈴木氏は徹底取材した。
<私が特派員としてソウルに駐在していた2021年夏のことだ。その紳士然とした男性は北朝鮮で抑圧体制を支える機関に所属していたが、とある理由から脱北し、韓国に暮らす。知人の紹介で昼食を共にできることになったが、韓国メディアなどの取材はオフレコでも断ってきており、この日も取材ではなく「食事しながらの雑談ならOK」との前提条件が付いた。/(中略)雑談を2時間近く続けた後に、「お答えづらいことを、1つだけ聞いてもいいですか」と向けた。「どうぞ」と言うので、本題を切り出した。「かつて、日本との秘密交渉を担った国家安全保衛部の柳敬副部長は本当に粛清されたのですか」。10秒ほどの沈黙が流れた後、彼が口を開いた。「私が知っていることは一部です。その知っていることも、すべてお話しすることはできません」>。
柳氏は2011年1月にスパイ容疑で逮捕され、銃殺されたという。
重要なのは北朝鮮と交渉するときは最高指導者(現在ならば金正恩総書記)と直結する人物を窓口にしなくてはならないということだ。
<P氏は柳氏についてこう語った。「柳敬氏は保衛部の中で、金正日総書記に直接会えるほど、信頼されており、対日交渉も任されていた。当時、(金正日氏が空席の部長を実質的に兼ねた)保衛部には3人の副部長がいた。3人の中で肩書上は最も地位の高い『第一副部長』ではなかったが、最も若い彼が実質的な力を持っていた」>
日朝交渉に関しても岸田文雄首相と直結する代理人を指名し、北朝鮮側と接触させる必要がある。評者の見立てでは、国家安全保障局と内閣情報調査室には、そのような難しい任務を担う能力と腹がある人が数人いる。岸田首相が金正恩氏と本気で付き合うという腹をくくれば、日朝のバックチャンネルを開くことはすぐにできると思う。
(2024年3月8日脱稿)
★★(選者・佐藤優)